AXE ZANMAI

2004-03-06

子供たちの明日

 ゆうべ、じゃなくて今朝はコルテージョで踊り狂い、その後、夜明けの海があまりに
美しかったのをボーッと眺めていたために、結局二時間ぐらいしか眠っていない。全身
の筋肉痛と足の裏の血マメは悪化するばかりで、歩いているだけでゲロを吐きそうな気
分だ。
 しかし、休んじゃいられない。今日は、午前10時からカンポ・グランジ発のSODOMO
のパレードがあるのだ。NHKも注目しているマルシオ君たちの晴れ姿を見逃すわけには
いかない。

 10時過ぎにバスで会場にたどり着いたが、そこはひっそりと静まりかえっていた。
何人かの人に、SODOMOはどこにいるのかと尋ねてみたが、要領を得ない。なにしろ、
名前のとおり恐ろしく広い公園なのだ。おまけに普段と違ってフェンスが張り巡らされて
いて、見通しがきかない。ふと思いついて、DIDAはどこかと尋ねなおすと、
「DIDAなら、あのフェンスの向こうにいるよ」
と教えてくれた。同じネギーニョの率いるバンドだが、知名度が違うのだ。
 フェンスの向こうには白く塗られたトリオが停まっていた。車体に大きく「minha
escola e meu futoro(私の学校と私の未来)」という文字と教科書の絵が大きく描かれて
いる。きっとこの車だ。
 トリオの上にいたDIDAのお姐さんたちが僕に気づいて手を振ってくれる。
「いつごろ出発するの?」
「さあね。たぶん、昼過ぎよ。」
ということは、あと1時間以上待たなくてはならない。既に日射しがきつく、足元から
立ちのぼる熱気に頭がくらくらする。とりあえず、木陰を探して待機しよう。

 NHKのカメラ担当の方が通りかかり、僕に事情を教えてくれた。SODOMOの出番は
午前の部の二番目なのだが、一番目のバンドがまだ準備中なのだという。話している間に、
可愛い衣装を身につけた子供たちが少しずつ集まってきた。
 10分、20分と何の変化もないまま時間だけがすぎていく。カルナヴァルだというのに、
あたりは妙に静かだ。現場に到着したときには笑顔を見せていた子供たちも、炎天下で
さんざん待たされて、さすがにうんざりしている。こんなふうにテンションを下げたままで
パレードに臨むのかと思うと、僕までがイライラしてきた。

 NHKのスタッフに「今日の天気、どうなりますか」と聞かれた通訳氏が「昼過ぎに
雨になる」と断言した。早く出発しないと、中止になるかもしれない。
 本部と交渉していたネギーニョが戻ってきたようだ。スタッフにあれこれ指示を出して
いる。NHK取材班がすぐさま彼を取り囲み、カメラを向ける。混乱した現場でぴったり
貼り付かれて、さすがにちょっとうんざりしているようだった。

 そのネギーニョが、こっちを見てニコリと笑い、近づいてきた。木陰で待ちくたびれて
いる子供たちに何かを伝えに来たのかと思ったら、僕の姿を見つけてわざわざ握手しに来て
くれたのだった。
ちょっと恐縮したけれど、すごく嬉しかった。

 どうやら一番目のバンドが出発を取り止め、SODOMOが繰り上げ出動するようだ。
どこから集まってくるのか、みるみるうちに人数が膨れ上がる。カピタンの衣装をつけた
大人やインヂオの民家らしい小屋を載せた山車など、ブラジル500年の歴史を意匠にした
組み立てであることが見てとれる。子供たちも、アフリカ系のデザインの衣装やインジオ
ぽいコスチュームのチームに別れてグループを作っていた。ネルソン・マンデラやマルコム
X、キング牧師の写真も見える。パレードそれ自体が一つの教育の場となっているようだ。
 
 出発の準備が整った時点で12時はまわっていたと思う。蒸し暑さの中で、スタッフの
動きも子供たちの表情もやけに緩慢だった。炎天下、あれだけ待たされたんじゃ、無理も
ない。
 「盛り上げなくちゃ」と覚悟を決めて、DIDAの演奏が始まるとすぐに、それに合わ
せてトリオのすぐ横で踊った。トリオの上でDIDAのお姐さんたちが笑っている。彼女
たちは僕が滅茶苦茶なステップで踊るを見るのがお気に入りなようで、「もっとやれ」と
煽ってくる。

 子供たちはまだテンションが低いまま、くたびれた顔でぞろぞろと歩いているが、何人か
の観客が僕のそばにやってきて、一緒に踊ってくれた。しばらく進むと、メイン会場の本部
席となっているカマロッチがあり、ここには一般客は入れない。
 ゲートが開けられた。SODOMOのみんながトリオと一緒に中に入っていくのを見送り、
遠回りをして出口ゲートの外で待つ。中では、リオでやってるみたいに審査が行なわれて
いるのかもしれない。

 突然、大粒の雨が落ちてきた。ゲートの周りにいた観衆が、雨宿り出来る場所を求めて
散り散りになる。そして、軒下から恨めしそうに空を見上げる。簡単にはやみそうにない
空模様だ。やっと出発したかと思ったら、土砂降りとは。。。天は、どうしてこうも無情
なのだ!

 僕もいったん軒下に避難したが、ゲートが開いてSODOMOが路上に繰り出すのを見て
一緒に路上に飛び出した。

 路上に観客の姿はほとんどない。だが、子供たちは雨なんかに負けてはいなかった。逆に、
この雨で生き返ったかのように、輝きを放ち始めていた。トリオの上のステージで、7才ぐ
らいの少年がマイクを握り、堂々と歌っている。
「僕たちの学校、僕たちの明日...」
繰り返されるこのフレーズに、この国の子供たちの多くが学校に行きたくても行けない事情
を抱えていることを思い起こす。日本では登校拒否なんてのが表面化しているが、こっちで
は状況が全く違うのだ。

 しばらくすると雨がやんで、今度は強烈な太陽が照りつける。汗がどっと流れ出てくる。
意識が朦朧としてくる。自分の体調がつかめない。3秒後には路上に突っ伏してゲロを吐く
かもしれないし、このまま二時間ぐらいぶっとおしで踊り続けることができるかもしれない。
意識とは別に、体だけがリズムに反応している。
 それにしても、炎天下の行進は、夜とは違ったキツさだ。とにかく、足が痙攣して動けなく
なるまで踊りつづけよう。

 子供たちの笑顔が眩しい。見知らぬ東洋人がロープの外で応援しているのを見つけて手を
振ってくれる。喜びと解放感が溢れ、歓喜のウェイヴを発散している。雨が上がったので、
沿道のギャラリーも増えた。ビルの窓から、笑顔で応援している大人たちもたくさんいる。
このパレードに参加した子供たちは、自分たちが街の主人公になった日のことをきっと忘れ
ないだろう。

 奇妙な巨漢と出会った。彼は上半身裸の黒い肌に白い幾何学模様をペインティングして
いて、なぜか鼻だけ真っ赤に塗りつぶしている。カシャーサをラッパ飲みして、瓶をその
へんに放り投げると血走った眼で僕を睨みつけ、近づいてきた。嫌な感じがした。

 男は両腕を上げてファイティングポーズを見せた。太鼓腹で動きは鈍そうだが、あの太い
腕で殴られたらひとたまりもないだろう。体重は、僕の三倍ぐらいありそうだ。血走った目
で、戦意をあらわにして僕を睨みつけている。

 いったい何の恨みがあるっていうんだ、このヨッパライめ。恐怖とアドレナリンがふつ
ふつとこみあげてくる。だけど、こっちだって頭に血が昇っている。
 なめられて、たまるか。
 勝ち目はないが、逃げ出すのも嫌だった。男はまっすぐ僕に向かって近づいてくる。僕は
何の考えもないまま、両手を広げて「勘弁しろよ」と日本語で話しかけた。

 男は僕の1メートル手前で立ち止まり、急に表情をやわらげた。どうやら害意はないよう
だが、眼はすわったままだ。かなり酔っているらしい。何を考えているのか、さっぱり読め
ない。
 突然、右手を差し出して握手を求めてきた。それに応じると、恭しく頭を下げて、僕の
右手の甲にブチュッとキスをした。

 何なんだ、こいつ。

 キモチ悪さを堪えてにっこり笑い、「チャオ」とだけ言ってその場を離れた。男の唇の
感触がなまなましかった。あんな挨拶をされたのは初めてだ。ブラジルの習慣というわけ
ではないだろう。

 後を追ってこないかどうか不安に思いつつも振り返らず、トリオの反対側にまわって
やりすごそうと思った。

 そのとき、突然ある考えが浮かんだ。

 カルナヴァル。人々の歌や踊りはオリシャに捧げられる。悪戯好きのオリシャたちは、
異形の群衆に紛れて地上に降り立ち、ともに喜びを分かち合う。だとすると、あの目つき
の異様な大男は、オリシャの化身ではないのか。あるいは、オリシャが彼に憑移して、
僕に何らかメッセージを送ろうとしていたのではないだろうか。

 だとすれば、あれはきっとエシュの仕業に違いない。

 路神エシュ。またはエレグア。ブードゥー教の儀式の際、最初に鶏を捧げられるオリシャだ。
以前、キューバのあるバンドが「エレグアに捧げる雛鶏」という曲を演奏するために、観客の
一人をステージに上げて、清めの儀式をしてみせたことがある。
 五百人ぐらいいた観客の中から選ばれたのは、僕だった。それが偶然だったのか、どうか。
 衆目の中で行なわれた簡略な儀式だったにもかかわらず、僕は訪れた「ちから」の強烈さに
押し流されて、あっけなく失神してしまったのだった。

 もう一度会いたいと思っていた。カルナヴァル喧噪の中でなら、再会しても不思議ではない。
 エシュのシンボル・カラーは黒と赤。あの黒人の大男は、赤い絵の具を塗っていた。しかも、
今日は月曜日!エシュの現れる日だ。

 今振り返ると、荒唐無稽な連想だが、街ぜんたいにhollyな空気が漲っていたあの日、僕は
そう確信して、立ちすくんだ。僕は千載一遇のチャンスを逃してしまったのだ。
 せっかく姿を現してくれたのに、なんてこった。それにしても、エシュは僕に何を伝える
つもりだったのだろう。
「もう少し、とっつきやすい姿で現れてくれよな。」
声に出して、そう呟いた。

 一度立ち止まってしまったので、もう踊る元気は残っていない。座って休もう。
 商店の入り口の扉が開いていて、そこに10才ぐらいの少年が腰かけているのが見えた。隣に
もう一人座れるぐらいのスペースが空いていた。少年がにっこり笑って「どうぞ」という仕種
をした。少年は、上半身は裸で下は半ズボンに裸足だった。きっとホームレスなのだろう。
 裸足の子供を見ると、つい避けてしまう。小銭をねだられることが多いからだ。が、立って
いるのもつらいほど疲労困憊していた僕は、誘いに応じて彼の隣に腰かけた。

 少年は、僕に向かって右手を差し出した。小銭ではなく、握手を求めているようだった。
妙にきれいな顔をした子供だな、と思いつつ握手に応じると、さっきの巨漢と同じような仕種
で僕の右手に唇をつけた。

 この少年は、エシュだ! 姿を変えて、また現れたのだ。

 意識が遠のいていく。僕は一体どうすれば良いんだ?

 すべての音が鳴りやみ、世界を沈黙が覆った。

「ジャポネーズ! ヘイ、ジャポネーズ!」
 誰かが僕を呼んでいる。顔を上げると、パレードの指揮をしている黒人男性が大声で僕に
こう言った。
「ネギーニョがあんたを呼んでいるぞ。ほら。」
指さす方に目をやると、トリオの上でネギーニョが手を振っている。そして、ロープの中に
入って踊れ、という仕種を見せた。
「アバダーを着ていないけど、かまわないのか?」
身ぶりでそう答えると、彼はわかったと頷いて、親指を立てた。
 一人の若者がトリオから飛び出してきた。手に、小さな包みを持っている。
「これをあんたに渡してくれって、ネギーニョが。」
もらった包みを開いてみると、SODOMOのスタッフ用Tシャツが入っていた。

 僕はそれを受け取るとすぐさま身につけて駆け出した。子供たちの歓喜の輪の中に入って、
滅茶苦茶に体を動かした。子供たちはそれを見て歓声を上げ、一緒になって飛び跳ねてくれた。
太陽が僕たちを照らしていた。不思議なことに、いくら踊っても疲れなかった。

 裸足の少年のことを思い出したのは、パレードの最終地点、カストロ・アルビス広場に到着
した後だった。アスファルトの上に大の字に寝っ転がって呼吸を整えながら、たぶんエシュは
僕に祝福を与えてくれたのだろうと勝手に解釈した。

 カルナヴァルは単なる乱痴気騒ぎではない。聖なる空間を現出し、聖なるものと交歓する
ための荘厳なる儀式でもあるのだ。


2000年3月6日(seg.)




2004-03-05

ブロッコ・アフロの逆襲

 
 ダニエラのステージを堪能しているとき、空から大粒の雨が落ちてきた。この季節、
夏の終わりにはにわか雨がとても多い。そのせいで出発が遅れるブロコもあるし、場
合によってはパレードが中止になるという。だが、女王ダニエラも彼女の信奉者たち
も、少しもひるまずハジけつづけている。
 今日は、深夜12:00からコルテージョ・アフロの最後のパレードがあり、それに参
加することをサンドラさんと約束している。そろそろ引き返して、ひと休みしておこう。
 ホテルに帰って熱いシャワーを浴びて、しばしまどろむ。すぐそばに宿があるので、
こういうとき助かる。11時をまわったころ、サンドラさんから電話があった。「プロ
グラムの進行が遅れている。待ち合わせ時間を午前2:30に変更しよう」ということだっ
た。Oさんのマンションは出発地点のすぐそばで、部屋からパレードの進み具合が把
握できるのだ。
 それまで眠っておこうと思ったが、もったいなくて、やっぱり寝ていられない。
雨が小降りになったのを見はからって、もう一度表通りに出てみる。もう深夜だが、人
出は少しも減っていない。人込みを掻き分けて進み、見上げるとそこにマルガレッチ・
メネーゼスがいた。周囲にマネキン色に塗りたくられた筋肉男たちを侍らせて、ダイ
ナミックに飛び跳ねながら歌っている。「エーリ、エリ、エレリ、オーオーオーオ
ー」・・・女性にしては野太い声が力強く響く。
 バイーアのミュージシャンたちは、他のバンドの持ち歌を歌うことに何の抵抗もな
く、また、ほかの歌手が自分の曲をカバーすることを決して嫌がらないようである。
アルバム作りや普段のライブのときもそういう傾向が強いが、カルナヴァルの期間は
特にそれが目立つ。結果として流行りの曲は様々なバンドで歌われ、いやでも人々の
耳にこびり着く。今年一番多く聞いたのはチンバラーダの「ゾハ」で、そのほか「ファ
ラオ」「ハプンゼル」など近年のヒット曲がカルナヴァル定番ソングとしてあちこち
のトリオでしょっちゅう歌われていた。マルガレッチもご多分にもれず、これらの曲
を連発して喝采を浴びていた。今夜のプログラムにはマルガレッチの名前がなかった
から、今日は飛び入りで参入したようだ。それを目の前で見られたのはラッキーだった。
 また雨脚が強くなってきた。コルテージョの衣装を着た人を見つけたので話しかけ
てみると、この雨で中止になるかもしれないと言っていた。大丈夫だろうかと気にし
つつ、もう一度ホテルに戻ってコルテージョの衣装に着替える。
 Oさんのマンションはエレベーターが故障中で、7階まで歩いて上がるのに目眩を
覚えた。体がくたびれているだけでなく、深夜というのにすごい蒸し暑さなのだ。部
屋にはサンドラさんだけでなくOさんの友だちの日本人客二人が居候中で、かなり手
狭になっている。開け放した窓から、路上の音がよく聞こえる。
 「下には、コルテージョのアバダーを着た人なんてほとんどいなかった。今日は雨
だし、中止かなあ」
 「一昨日のコルテージョは、結局、午前3時ごろに出発したけど、この天気じゃ、
中止かもしれませんね」
そんなことを話しながら、心の片隅で「中止でもいいや。これ以上踊ったら本当にブッ
倒れちゃう」と考えていた。
 日本から来たばかりのお二人はいずれも会社員で、当然長期休暇はとれず、それで
も3泊5日だか5泊7日だかの強行軍でやってきたそうだ。お二人ともブラジル音楽
に非常に詳しく、ポルトガル語も達者なようだ。雑談をするうちにそのうちの一人が
かの有名な「ブラザー・チンバ」略してブラチンのメンバーであることが判明した。
(ブラチンは主に関東で活躍しているバイーア音楽のグループである)
 「僕、大阪のアメ村でライブをされた時、行きましたよ。」
 「それじゃ、初対面じゃないですね。俺、そこで演奏しましたよ。」
なんとまあ、世界は狭いことか。いや、我々が世界の狭いところに好んで首を突っ込
んでいる、というほうが正確かもしれない。
 いずれにせよ、またまた素敵な人たちと出会うことができた。これもまた、バイー
ア・マジックのなせる業だろう。
 外は大雨のようだ。しばらく待ったがやみそうにない。トリオの奏でる大音響も聞
こえてこない。どうやら今晩のプログラムは終了してしまったようだ。
 「そろそろ失礼します。明日の朝、ネギーニョ率いるSODOMOのパレードに参
加しなくちゃいけないし・・・」そう言って立ち上がったとき、静寂をつんざいてファ
ンファーレが鳴り響いた。僕以外の四人も、いっせいに立ち上がった。
 「コルテージョだ。間違いない。」
カメラの仕度をしている部屋のあるじを置き去りにして、われ先に階段を駆け下りる。
お世話になっているOさんを放って出ていくなんて失礼なことだが、ファンファーレ
に続いて打ち鳴らされた太鼓の刺激音に、みんな心を奪い取られてしまったのだ。浮ノ出ると、白い衣装を着た一団が行進を始めている。トリオはなく、楽器を手にした
人々を先頭に、百人程度のこぢんまりとした集団が自分たちの足で歩んでいる。つま
り、巨大スピーカー抜きの100%アコースティック・サウンドだ。パーカッション部
隊の小気味いい音が夜空に鳴り響く。エレキ・サウンドとは異なる、手作りの音が夜
の底を揺さぶっている。
 僕はまだカンドンブレの儀式に立ち会ったことがないが、テヘイロにはきっとこん
な空気が満ちているのだろう。遠くアフリカから伝えられてきたリズムがダイレクト
に脳髄を直撃する。
 これぞ、ブロッコ・アフロの真骨頂。
 僕と、Oさんの客人たちはサンドラさんのバイーア風ダンスをまねて足を踏み出し、
体をひねる。両手と肩と腰の動きが大きくて体力を要するダンスだが、リズムに合わ
せてダイナミックに動くものだから、はまるとすごく気持ちがいい。まわりにいた人
たちも、サンドラさんの動きに合わせて踊り始めた。出会ったばかりの人たちと、こ
んなふうに呼吸を合わせて踊るのはとても新鮮な体験だった。奏でられている音楽も、
思いっきりアフロっぽくて新鮮だった。ベーシックなリズムパターンを繰り返すだけ
なのだが、リズムが皮膚の上を通り過ぎないで、体内に浸透してくる感じなのである。
その結果、リズムとともに異空間に滑り込んでいくような錯覚がもたらされて、時間
と空間から解放された気分になる。初めて聞く音楽なのに、懐かしささえ感じさせる。
きっと、意識の原初的な部分に直接響くリズムなんだろう。たぶん、この街の人々の
祖先たちが、奴隷の境遇からそうやって一時的に解放されるすべを伝承してきたのだ
ろう。
 この時間、路上にいたのは「踊りたりない」「もっとアシェーを」と歯がみしつつ
雨を呪っていた連中だろう。雨上がりに突如現れたコルテージョは、彼らにとって砂
漠のオアシスだったようだ。次から次へと異様なテンションで乱入してきて、パレー
ドの人数がみるみる膨れ上がる。彼らもすぐにサンドラさんの信奉者となって、同じ
踊りを踊り始める。サンドラさんはシンプルでダイナミックなステップをいくつも知っ
ていて、ひとつずつ、後に従う人々がまねできるように大きな動作で踊ってくれる。
我々が見よう見まねで後を追い、リズムに合わせて全員が踊れるようになったら更に
激しくテンションを上げる。生の音楽との相乗効果で、ものすごい盛り上がりとなる。
悲しいかな、それを追う僕たち日本人と飛び入りの連中は体力が持続しない。しかし、
我々の息が上がって動きが鈍ったのをみはからって、サンドラさんは次のステップを
披露する。かっこいい。おずおずとまねをしているうちにアドレナリンがどばっと溢
れてきて、またまた息が上がるまで踊ってしまう。そんなふうにして、路上の人々と
ともにエンドレスのダンスを踊り続けた。サンドラさんの後ろで彼女のキレのいい身
のこなしを有象無象の「イカレた連中」が勢ぞろいしてなぞっている光景は、かなり
異様だったに違いない。だけど、コルテージョのみなさんは、そんな我々をにっこり
微笑んで受け入れてくれた。それだけじゃなくて、「もっとやれ。もっと激しく。」
と容赦なく煽り続けたのだった。
 脳が酸素を求めている。大腿筋の乳酸値がリミットを越えている。地べたにへたり
こんでひと休みしたい。だけど、そんなことをしたらこの行進から取り残されてしま
う。それはきっと、ものすごく寂しいことにちがいない。だから、歯を食いしばって
ついていく。動きが止まるとしたら、それは気絶した時かもしれない。
 皆が同じ思いだったにちがいない。傍から見れば、鬼気迫るパレードだったかもし
れない。我々は、ときに立ちくらみを感じながらも、これまで経験したことのない恍
惚感に導かれて最後までテンションを落とさずにゴールまで踊り切った。幕末に流行っ
たという「ええじゃないか」もこんなふうに熱狂したんだろうな、と思った。カルナ
ヴァルはしばしば俗っぽい娯楽と間違えられるが、もともと宗教行事だし、今でもけっ
して聖性を失っているわけではない。日常を逸脱して聖なる空気を身にまとう貴重な
機会なのだ。われわれはそこでインテンシティーの高まりとともに生命の実感を回復
し、狂乱の向こうに我々の力を超越した「聖なるもの」の存在を実感する。キリスト
という秩序のシンボルが効力を失う数日間を狙って、土着の神々やアフリカからもた
らされた神々が独特のやり方でエロスとタナトスを充填する。痩せ細った日常の中に
猥雑なエネルギーを注入し、生きる意欲を回復させる。天まで届く音楽も激しい踊り
も派手な衣装も、全ては神々を地上に現出させるための儀式なのだ。パレードを終え
た時、体一つでこの儀式に参加したという実感が残った。
 夜風が気持ちよかった。帰り道を歩きながら、こんなに長い距離をどうやってたど
り着いたのか、不思議に思った。歩いて帰るのさえ、途中休憩がしたくなるほどの距
離なのだ。ほんとうに、こんなに長い道のりをあんなに激しく踊りながら行進してき
たのだろうか。
 自分でも信じられない。
 東の空が明るくなってきた。もう、朝なんだ。なんて清々しい朝だろう。波の音が
心地いい。目に映るものがすべて、浄化されて見える。これが本当のカルナヴァル、
聖なる空間との融合だ。サンドラさんが導いてくれたおかげで、観光客には入り込め
ない領域にすんなりと溶け込むことが出来たのだ。心から感謝したい。
 今ふり帰っても、このようにして、地元の人々とともにブロッコ・アフロに参加で
きたことは、ブラジル音楽の綺羅星たちを目撃したことよりもずっと貴重な体験だっ
たと思う。


2000年3月5日(dom.) madrugada

アシェーの女王

 連日、盛り沢山のパレードに煽られて踊り続けたツケで、全身の筋肉が悲鳴をあげ
ている。足の裏が硬くなって裂け目ができ、そこから血が滲んでいる。しかし、心が
わくわくして、休もうにも休めない。

 裏通りはあちこちにゴミの山ができ、悪臭が充満していた。午前中に清掃部隊がそ
れを掻き集め、洗剤を撒いてブラシでこすってまわってくれるのだが、午後になると
すぐにゴミの小山が復活している。そのそばで、屋台を営む家族連れがゴザをひいて
眠っていたりする。

 今日も、チンバラーダから始まった。「白衣の怪人」姿はもうやめたのに、かぶっ
ていたタンザニア製の帽子が目立つのか、あるいは顔を覚えてくれたのか、トリオの
そばへ行くとメンバーやロープマンたちが「ヘイ、ジャポネーズ」と手を振ってくれ
る。ロープの中にも僕の姿を見覚えてくれた人が何人かいて、握手を求めてきたり、
中には「記念に写真を撮らせてくれ」と頼みにきた人もいる。もちろん、快く応じる。
僕の存在が彼らのお祭り気分を高めているのなら、それはとても光栄なことだけれど、
「日本人が踊っている」というだけで注目されるなんて、なんだか不思議な気分だ。

 「今日は疲れているからおとなしくしていよう」と誓ってホテルを出たのに、音楽
が鳴り響くとどうしても激しく踊ってしまう。なるべく人込みを避けて、やや後ろよ
りにつけてトリオを追った。トリオの後ろ側ステージに陣取ったアキラが見るからに
性格のよさそうな笑顔で歌っている。彼なら、アフリカ系の文化が強いこの街でも人
々から愛されることだろう。彼が加入したあとで発売されたアルバム「...pense min
ha cor...」のジャケットを見たとき、正直言ってアフロ色が薄れたことを残念に思っ
たし、日系人のボーカルは地元の人々に受け入れられないんじゃないかと心配もした。
けれど、アキラがバイーアの空の下で伸びやかに歌うのを見ると、この街は僕が想像
したのよりもずっと懐が深いのではないかと思えてきた。ブラウン総帥の信条---ブ
ラジルは、世界中の文化を受け入れてきた。ヨーロッパやアフリカだけじゃなく、イ
ンヂオ、アラブ、日本、その他たくさんの人々によって育まれた混血文化なんだ---
が思い出される。

 彼らを追いかけている途中で、日系の可愛らしい女性が日本語で声をかけてきた。
「日本人ですか」
「はい、そうです。あなたは?」
「日系人。ここで育ったの。アキラって知ってます?今、あそこで歌ってる。あれ、
あたしのお兄さんなの」
ううむ、そうだったのか。
 今日は、彼らのパレードの半ばまでつきあってから、バーハの灯台まで引き返すこ
とにした。クロコディーロ号に乗って君臨するアシェーの女王、ダニエラ・メルクリ
が出撃するのだ。

 パレードの人の流れに逆らって引き返すのは大変だったが、引き返す途中で「エ・
オ・チャン」や「テハ・サンバ」のパゴーヂ系バンドとすれ違い、彼らのお気楽サウ
ンドを楽しむことができた。パゴーヂといわゆるアシェー・ミュージックをどうやっ
て区別するのか、僕にはよくわからない。だが、パゴーヂはどれも同じ曲のように感
じられる。なにか、リズム上の特徴があるのだろう。
 この街の人々は、パゴーヂがとても好きだ。軽くてリズムが定型的なので、踊るの
には好都合なのだろう。ひとつのトリオが通り過ぎ、別のトリオがやってくるまでの
短い空白時間でも、傍らのレストランが大音響で流し続けているパゴーヂに合わせて
人々が路上で踊っている。ほんとうに楽しそうだ。

 そうした人々の隙間を縫って、ようやくスタート地点・バーハの灯台横に辿り着い
た。まだ前のトリオが滞っていて出発待ちの時間だというのに、ダニエラは既にハイ
テンションで歌い始めていた。彼女のトリオは他のと違って、運転席の前にワニの顎
のように突き出たステージが取り付けてあり、そこに降りると群衆とほぼ同じ高さで
歌ったり踊ったりできる、という形になっていた。それと、運転席上のステージのま
わりには、電光掲示板で「ILE AIYE 25 ANOS」「Terra do Quilombo」などという
文字が流れていた。自分の名前や曲を表示しないで、イレ・アイエの25周年を祝い、
イレ・アイエの今年のテーマ「キロンボの大地*」を掲げている。
 (*キロンボとは、弾圧から逃れた黒人奴隷が内陸部に作り上げた共和国のこと。
    政府軍に弾圧されながらも、逃亡奴隷の解放区として存続した)

 バイーアの歌の特徴として、ミュージシャンやアフロ・ブロッコが互いにエールを
交換しあっている、ということが挙げられる。自分が憧れていたミュージシャンや影
響を受けたブロッコを讃える歌が数多く歌われている。恋愛の歌ももちろん多いけれ
ど、こうした先達や、バイーアの街そのものへの愛を歌っているケースがたくさんあ
るのだ。

 中でも、黒人としての矜持を持ち続け、決して商業的なポップ・バンド化に色気を
示さないイレ・アイエは、バイーア音楽の重鎮として尊敬を集めている。そもそも、
一部の白人達の祭であったカルナヴァルに、初めて黒人チームとして弾圧に屈するこ
となく参加し、アフリカ系文化を堂々と主張したのがイレ・アイエであり、それもたっ
たの25年前の出来事なのである。そうやって培った土壌の上に、アシェー音楽の華が
開いたわけで、ダニエラがアシェーの女王として全国的に知られるようになったのも、
イレの存在があってこそと言えるだろう。

 ダニエラが歌っている。

  Voce passa o ano inteiro       あたしのこと、年がら年中
  Dizendo que gosta de mim      好きだっていってるくせに
  Mas quando chega fevereiro    二月が来ると見向きもしない・・・
  Voce quando ve o ILE, parece    あんたったら イレ・アイエを見たとたんに
  Que perde o juizo, amor, amor   人が変わったみたいになっちゃうんだから
E o amor ao ILE, menina      だって、イレーは最高なんだぜ
E o amor ao ILE, E o amor ao ILE,  しかたないだろ  イレーが好きなんだ
Que me faz faz esquecer voce   君のことだって、忘れてしまうさ

               (ダニエラの3rd album「Musica de Rua」から)

 押しも押されぬ大スターになった今でも、こうしてイレ・アイエへの尊敬を歌い
続けるダニエラは偉い。デビュー当時の写真とくらべると若干丸みを帯びたとはいえ、
しなやかな肢体を弾ませて軽やかに踊る姿は今でも十分に若々しい。リズムに合わせ
たキレのいいターン、メリハリの聞いた歌声。観客を煽りつつ、歌うことを心から楽
しんでいる笑顔がほんとうに素敵だった。

 ダニエラのひとつ前で順番待ちをしていたのが、ダニエラに続くアシェー・クイー
ンとして名乗りをあげているイヴェッチ・サンガーロだ。最近バンダ・エヴァから独
立して精力的に活動している彼女も、決して悪くない。だが、こうして本物の女王と
並んでしまうと、まだまだ及ばないと思った。ひとつには、イヴェッチにはどこか
「自分を売り込むことに長けている」というイメージが漂っているが、ダニエラから
は「純粋にこの街が好きで、歌うこと、踊ることが大好き」という原点がはっきりと
感じとれる、という違いがあるだろう。

 イヴェッチのトリオ(彼女が個人で購入したという噂だった)が出発し、クロコディー
ロ号がようやくスタート地点にスタンバイした頃には、既にヒットナンバーを5?6
曲歌い上げていたダニエラだったが、ひと休みしようという気配も見せず、ますます
熱く盛り上がって歌い続けた。曲の途中でミネラルウォーターをラッパ飲みし、さら
に歌い続ける。誰もが知っている彼女の持ち歌ばかりで、群衆もそれに合わせて歌声
を張り上げる。この調子で四時間、一人で歌って踊りつづけるのだから生半可なタフ
さ加減ではない。

 テンションをトップギアにぶち込んだまま、クロコディーロがのそり、のそりと動
き出した。ウォーッと吠える群衆。近隣のビルの窓から、住民達が鈴なりに身を乗り
出して手を振ってダニエラの視線を求めている。それに投げキッスで応じる女王。上
がる歓声。ロープの外、クロコディーロの斜め前の、ほんの少しだけ人口密集度が弛
んだあたりで僕はその波動に感応していた。とても良い感じで、そのままバーハのメ
インロード中央部にある巨大なカマロッチまで辿り着いた。ほかのトリオと同様、ク
ロコディーロはそこでしばらく移動をとめ、カマロッチの観客と何台ものテレビカメ
ラを堪能させた。

 だが、僕はここでとても嫌な光景を目にしてしまった。
 カマロッチの入場料は、半端じゃなく高い。地元住民の買える額ではない。明らか
に、一部の金持ちや外国人観光客のために存在している。その結果、カマロッチでは
いやらしいほどに白人ばかりが目立ち、彼らが高みから地元の人々見下ろすという告}になっている。

 僕がダニエラの歌声に聞き惚れていた時、すぐそばで人々がざわめきはじめた。カ
マロッチの三階から太った白人女性が路上の地元民たちに缶ビールを投げ与えている
のだ。みすぼらしいなりのバイアーノたちがそこへ殺到する。だが、そのあたりには
小さい子供や赤ちゃんを抱いた女性もいるのだ。子供が蹴飛ばされ、母親が悲鳴をあ
げる。カマロッチの上から缶ビールを投げ落としている女はそれを見てげらげら笑い、
さらにビールをちらつかせて、下の男たちをからかう。そのそばで、別の白人女性が
ビデオカメラを構え、男たちの浅ましい姿を撮影している。缶ビールがさらに投げ落
とされ、男たちはそれを拾うために争っている。

 僕は大声で「やめろ!子供がいるんだぞ。」と叫び、両手を上げて制した。女たち
はチラッと僕を見たが、まるで意に介さず、まるで動物園の猿の檻に餌を投げ与える
みたいな態度でこちらを見下ろしている。なんて奴だ。きっとあいつは他所者に違い
ない。あんなのがバイアーナだなんて、信じたくない。

 情けないのは、たかが缶ビールでシッポを振ってしまう男たちのブライドのなさだ。
普段のバイアーノたちのお気楽な傾向は、むしろ好ましく思っている僕だが、こんな
光景を見たのでは幻滅させられる。おい、お前たち。すぐそばでダニエラがバイーア
の誇りを歌っているんだぞ。それを無視して、なんてザマだ。さいわい下にいた子供
や女性は無事避難したみたいだったが、僕はこの一件でひどく気分を害された。

 ダニエラのところからこの騒ぎが見えなかったのは幸いだ。こんな場所はさっさと
退散して、別のところで彼女の歌を聞いて気を取り直すことにしよう。

 Quem e gue sobe a ladeira do Curuzu? クルズの丘を登るのは、誰?
 E a coisa mais Linda de se ver?    最も美しいものは、何?
 E o Ile Aiye              それは、イレ・アイエ
 O mais belo dos belos         美しきものの中で最も美しい
 Sou eu sou eu             わたしのことだ
 Bata no peito mais forte        更に強く胸を撃つ響き
 E diga: Eu sou Ile....           我こそ イレ・アイエ
       (ダニエラの2nd album「o canto da cidade」から)

 黒人として誇りを掲げて人々から---女王ダニエラからも---敬愛されるイレ・アイエ。
彼らの矜持が、全ての貧しきバイアーノたちが共有されるようになってほしい。この街
を心から愛し、この街への祝福を捧げ続けているダニエラの歌声を聞きながら、僕はつく
づくそう思った。




2000年3月5日(dom.) tarde e noite