AXE ZANMAI

2000-03-08

灰の水曜日

 
 カトリックのしきたりでは、水曜日から肉食を断ち、イエスの行なった苦行に想い
を馳せることになっているそうだ。禁欲の日々の前に、肉(カルネ)をたらふく喰って
どんちゃん騒ぎする、というのがカルナヴァルの起源だとかなんとか。
 従って、水曜日の日の出以降に歌舞音曲を楽しむことはタブーであり、教会から
大目玉を喰らうことになっているらしい。そんなわけで、水曜日にカストロ・アル
ヴィス広場で朝日を迎えつつ合唱し、カルナヴァルを終えるというのが恒例となって
いたという。

 それをはぐらかすかのように、水曜日のアハスタォン<突撃>を実行したのが、我らの
英雄カルリーニョス・ブラウンだ。教会筋はいたくご立腹だったらしいが、バイーアの
民衆はこぞって彼を支持した。結局、本来は禁忌であるはずの水曜日の突撃は、今では
バイーア独特の名物行事となりつつあるらしい。
 ブラウンは、きっとカレンダーを民衆の手に取り戻させたかったのだろう。あるいは、
ただ単に人々を楽しませたかったのか。

 しかしながら、ゲリラ的なアハスタォン<突撃>は、予想を裏切って昨日の昼間に実行
されてしまった。とすると、今日はいったいどうなるのだろう。
 プログラムには、当然のごとく火曜日までのことしか書かれていない。

 とにかく、街に出てみよう。メイン・ストリートに行けば、なにかわかるだろう。

 しかし、海岸沿いの道は閑散としていて、人出も多くない。音楽も、申し訳程度に鳴り
響いているだけで、踊っている人もほとんどいない。僕が眠っているうちに、すべてが
終わってしまったというのだろうか。

 灯台のあたりに、かなりの人が集まっている。見慣れない形のトリオが待機しているの
が見える。まるでロケットのようなデザインだ。それを取り囲むように、百人程度の若者
が所在なげに集まっている。なぜか、みんな路上にへたばっていて、中には道の真ん中に
寝そべっているグループもある。
 朝9時過ぎだというのに熱帯の太陽が容赦なく照りつけ、アスファルトは触ると熱いぐ
らいに焦げついている。
 よく見ると、男たちはお互いの腹の上に頭を載せ、Tの字をふたつ組み合わせたように
して四人ひと組で、オランダの風車みたいなかたちで眠っていた。いいアイディアだ。

 人々は、一様に疲れ果てていた。
 ゆうべは午前3時過ぎまでいつも通りの騒ぎだったのだが、トリオが出払った後も、
帰らずにうろついている若者がたくさんいた。何かあるのかと思って僕も残っていたけど
結局4時頃にホテルに戻った。 後で聞いた話では、僕が引き上げた後でダニエラ・メルクリ、
カエターノ・ヴェローゾ、ブラウンたちが現れて、朝まで大いに盛り上がったそうだ。
女王ダニエラにいたっては、オンジーナまで行進した後で、信じられないことにコースを
逆走してスタート地点(灯台前)まで戻ってきたのだという。
 なんという破格のエネルギーだろう。そして、それに付き合ったバイーア衆も、ただもの
ではない。
 しゃがみ込んだり路上で眠ったりしながら、最後のひと暴れの機会を待っているのは、
それに参加していた徹夜組にちがいない。僕にはとても真似が出来ない。

 少しずつ、人々の数が増えていく。街が静まり返る「灰の水曜日」のはずなのに、何か
が行なわれると信じて、あるいは、カルナヴァルの終焉を受け入れることができずに、こ
の場所に吸い寄せられて来た人々。ちょっぴり切ない空気が漂う。

 やがて、ロケット型のカエタナヴィ号が動き始めた。ブラウンに率いられたチンバラーダ
の精鋭部隊が、そのうしろを固めている。今日はトリオの上ではなく、群衆とともに路上を
行進している。しかも、ロープマン抜きだ。通りにいたすべての人々が、狂ったように踊り
ながら後を追う。

 あっという間に黒い肌の若者たちの密集が生まれ、僕はその渦の中に飲み込まれてしまった。

 なんという熱さだ。前後左右から汗が飛び散ってくる。体をぴったりとくっつけたまま、
人々が飛び跳ね、叫び声を上げる。それを掻き消す強さで、太鼓が打ち鳴らされている。
飛び上がると、チンバラーダの背中が向こうに見える。揺れ動く黒い固まりの向こうから、
生の太鼓の音が届けられる。たちまち群衆のボルテージが頂点に達する。
 熱湯の中に放り込まれたようなアツさ。酸素が足りない。足の踏み場もない。絶え間なく、
誰かと体がぶつかりあう。ぶつかる度に、屈強の肉体をした若者たちに弾き飛ばされる。
倒れずに歩き続けるのがやっとで、踊る余裕なんて微塵もない。

 今日はロープマンだけでなく、警官もいない。このまま圧し潰されて踏みつけられても、
誰も助けてくれないだろう。カルナヴァルという甘美な果実。その最後の一滴を貪るかの
ように燃えたぎる、筋肉の塊。もう、限界だ。呼吸が苦しい。酸素。酸素がほしい。

 酸素を求めて、群衆の外に出る。怒涛の群れが、僕を置き去りにする。深呼吸をしながら
後を追おうとしたが、心のどこかから「もう十分だろう」という声が聞こえてきたので、
キリストの丘のところで足を留め、見送ることにした。

 熱いエネルギーの塊がオンジ?ナに向かって去っていく。それを丘の上から見つめていると
ハーメルンの笛吹き男の伝説を思い出した。このまま彼らが異次元空間に吸い込まれて消え
去っても、納得してしまいそうな不思議な空気が漂っている。
 聖なる行進だ。あんなに熱い塊の中に自分がいたなんて、とても奇妙な感じがする。まだ、
夢の中にいるみたいだ。
 彼らを見送った後には、「空虚」だけが残された。

 ホテルへの帰り道。路上には、ほとんど人影がない。前を歩いていた一人の若者が、突然
両手を天に突き上げて、大声で叫んだ。
 「Acabou Carnaval!!」 (カルナヴァルが終わっちまったぜ)
切なくなるような叫びだった。
 同時に、人々が去ってしまった後のメインストリートを一台の清掃車が通り抜けていった。
聖なる空間に「日常」が侵入していく。魔法が解けて、生活の場が戻ってくるのを感じる。
 ほんとうに、終わってしまったんだなあ......

 あの若者は、来年のカルナヴアルを夢に見ながら、一年の日々を過ごすのだろう。つらい
時には、濃密に燃え上がった今年のカルナヴァルの日々を思い出して、一日をやり過ごすの
だろう。彼だけでなく、この街のすべての人々が。

 カルナヴァルは終わった。
 まるで、世界そのものが終わってしまったかのような空虚さがあたりを覆っていた。


2000年3月8日(qua.)



追記 : 最後までおつきあいくださって、ほんとうにありがとうございました。これで、僕の
   カルナヴァル体験記はすべて終わりです。
    タイトルに用いた「アシェー」というのは、アフリカから伝えられてきた言葉です。
   「生命の力」とでも訳せばよいのでしょうか。詳しく説明するためには、長い物語を
   書かねばならないでしょう。(別項にて、目下執筆中)

    本文中でも触れたように、このHPの管理者であるルナさんとはバイーアで出会い
   ました。彼女に勧められてこの文章を書き始めたのですが、自分の体験を文章にまと
   めることは思いのほか難しく、書き上げるのにずいぶん時間がかかってしまいました。
    書いているうちに当時のことを生々しく思い出して体がアツくなってきたり、涙が
   あふれてきたりしたことも、たびたびありました。
    文章にすることで、口でうまく話せなかったことも多少は伝えられるようになったと
   思います。何度も挫折しそうになりましたが、作成途上でアップした拙い文章を読んで、
   多くの友人たちが僕を励ましてくれたおかげでここまでこぎつけました。感謝します。
    他所者にすぎない僕を暖かく受け入れてくれたすべてのバイーアの人々(特にOさん
   サンドラさん)、最初に僕にバイーアの魅力を教えてくれた三宅君、Muito obligado!!
    そしてルナちゃん。いい機会を与えてくれて、本当にありがとう。

                           written by "AXE junkie"





2000-03-04

今日もカーニバル

 ゆうべのチンバラーダの余韻がまだ残っていて、頭がボーッとしている。足の裏は
ひりひりしている。ま、ロープの外でもみくちゃになりながら四時間余り踊り通した
のだから、無理もない。最初から最後までロープの外側をついてきた「白衣の怪人」
の姿はトリオの上からよく見えたらしく、メンバーが何度も僕に向かって手を振って
くれた。アバダーを盗まれたのは、怪我の功名だったかもしれない。とにかく、満足
した。

 通常のライブならせいぜい二時間ぐらいの演奏で、それでもへとへとになる。それ
を、四時間以上休みなし、アクセル全開で突っ走ったのだ。服が汗みどろになって、
絞るとしずくが垂れた。重くなった白衣を脱いで短パン姿で宿に帰ったのが11時ごろ。
コルテージョが深夜12時頃にバーハから出発するはずで、サンドラさんと一緒に参加
しようと約束していた。
 キツすぎる。。。と思っていたら、サンドラさんの方もどこかで踊り疲れてしまった
らしい。「今日はキャンセルして、明日のに行きましょう」と言ってくれたので、正直
言ってホッとした。
 メインストリートではまだまだアラ・ケトゥやボン・バランソ等の人気バンドが行進
中だったが、とにかく寝ることにした。カルナヴァルは、まだ、始まったばかりなんだ。
眠らなければ、確実にぶっ倒れてしまう。
 ・・・しかし、体は泥のように疲れているのに、頭が冴えて眠れなかった。きっと
アドレナリンが異常分泌していたのだ。おまけにメイン・ストリートから聞こえてくる
トリオの演奏は部屋まで届く大きさだったし、ホテルのそばのいくつかの店がそれに
負けじと大音響でパゴーヂを垂れ流して朝方まで路上で踊っていた。とても安眠できる
環境ではない。

 ぼんやりした頭は、朝のコーヒーを腹に納めても元に戻らない。ぼんやりした頭で
今日の予定を決める。プログラムには、イレ・アイエやオロドゥン、フィーリョス・
ヂ・ガンヂーなどの大御所ブロッコや、ダニエラ・メルクリ、マルガレッチ・メネー
ギスなど世界的スターのほかに、マレー・ヂ・バレー、ムゼンザのようにいくつもの
歌に歌われ、慕われてきたブロッコ・アフロがたくさんある。その全てを見てみたいが、
それは物理的に不可能だ。
 プログラムを睨みながら行き先を選ぶのだが、実際のところ彼らが何時に出発する
のか見当もつかない。おまけに、カルナヴァル期間は主要道路が封鎖されていて、バス
の運行経路も通常とは変更になっている。

 「この一角は、毎日がカルナヴァル」・・・そんな宣伝文句で知られるペロ一帯は、
本当のカルナヴァル期間にはどんな顔を見せてくれるのだろう? とりあえず、今日
の昼間はペロに行ってDIDAの行進を見よう。Filhas d'Oxunというのも面白そう
だ。とにかく、あそこへ行けば何かが見られるだろう。

 ショッピング・バーハ横のバス停で、来たバスに乗り込もうとしている太った男性に
行き先を確認すると「間違いない。俺もペロに向かうことろだ」と自信満々に答えた
ので、その後に続いた。しばらく走ってから、進路がずいぶん違うと気づいたが、
その男は僕と目があう度ににっこり笑って「心配ない」と親指サインで合図する。
彼に悪い気がして、途中下車するタイミングを失ってしまった。
 ままよ、行くところまで行ってみよう。空は晴れていてきれいだし、窓から入る風が
心地よい。

 とうとう郊外の、人家の見当たらないあたりまで出てしまった。太った男は、それ
でもニコニコしている。
「あなたはバイアーノですか?」
と聞いてみると、
「いや、フランス人だ。でも、心配するな。このバスは、必ずラセルダのエレベーター
 に着く。ホテルを出る前に聞いて来たんだ」

 外見からブラジル人かどうかを判断するのは難しい。男はアマゾンで働いている技師
で、ブラジル滞在の経験は豊富なようだ。30分ほど、英語で雑談をしながら郊外の風景
を眺めた。昨日、あれほどの人込みの中にいたことが信じられないくらい、のどかな景
色だ。ま、こういうのも、いいか。

 やがてバスはチマチマした家並みの隙間を縫って急な丘を登り、猫の額ほどの広場
で停車し、エンジンを切ってしまった。運転手が下車し、車掌も降りようとしている。
フランス人技師がそれを呼び止めて「ラセルダへ行くにはここで乗り換えるのか」と
尋ねた。

 「それなら、少し待ってなさい。このバスがそっちに向かうから。」
白髪の車掌はそう答えたあとで、「あんたたち、どっから来たんだ?」と聞いてきた。
カエターノにちょっと似た、粋な感じの爺さんだ。
「俺はフランス、彼はジャポンだ」
「へえ、そりゃ、遠いところをようこそ。カルナヴァルに来たんだね。」

 爺さんはシートに座りなおして僕たちとしばらくしゃべった後で、
「乗り継ぎのバス代は要らないよ。わしゃここで降りるが、次の車掌に言っといてあ
 げるから」
と言い残して出て行った。去りぎわ、パンデイロを叩く仕種をして「まだまだ現役だ
よ」という笑顔を見せてくれた。カッコよかった。

 バスが再び動き出した時、フランス人技師が「あっ」と声をあげた。
「見たか、今の?!」
「いや、何かあったの?」

 すぐに答えがわかった。細い路地の向こうに見えたのは、「全ての聖人の入り江」
に連なるボンフィンの岬だった。僕たちは、リベルダージの丘の上方にいるらしい。
丘から海岸に至る斜面にびっしりと貼り付いた、マッチ箱のように小さく見える一つ
一つの建物からも、人々の生活の営みが感じとれる。そしてその先に、ミサンガ発祥
の地・本家本元のボンフィン教会が鎮座している。絶妙の距離からの岬の眺めは息を
飲むほどの美しさだった。
「遠回りをしたおかげでこんなに美しい景色を眺められたのだから、我々は幸運だ」
 そう言いながら握手して、ラセルダのところでフランス人と別れた。ここまで来た
ついでにメルカード・モデロを覗いてみたが、カルナバル期間中は閉鎖しているよう
だった。観光客がいちばん集まる時期だというのに、閉めちゃうなんて・・・みんな
商売よりも踊りに行くほうを選んじゃったのだろうか。

 ペロウリーニョ広場は、普段とそんなに変わらなかった。DIDAはとっくに出発
したみたいだし、出発地点も行進経路も定まっていないようだった。インフォメーショ
ン・オフィスの英語を話すお姉さんの説明では、
「ここはどこでもカルナヴァルなのよ。ほら、そこでも」。
 たしかに、あちこちで様々なバンドが演奏している。しかしそれは一年中この広場で
見られる光景だ。
 これなら、わざわざこの期間にこの一角に留まる必要はない。そこで、セントロ(旧
市街)を通り抜けてメイン会場のカンポ・グランジまで歩いてみることにした。セントロ
のあたりは普段は交通量が多く、ゆっくり歩いてみたくなるような場所ではないのだが、
今日はさすがに晴れやかな空気で満たされている。歩行者天国となった幹線道路を、
楽隊やトリオを率いた住民たちのグループが練り歩いている。夜のグループほどの迫力は
ないが、手作りの準備でパレードに臨んでいることが感じられ、とても好ましい。日本の
祭と違って、観客よりも参加者の方がはるかに多い。

 路上には、実に様々なグループが、それぞれ趣向を凝らした衣装で展開していた。
昼間なので、子供たちの姿が多く見られる。健全な若者たちは、いまごろ熟睡している
のだろう。そしてなぜか、ヘアウィッグや網タイツで女装した急造ドラッグ・クイーン
の見苦しいおっさんたちがたくさんいた。この連中のそばを通り過ぎると、その度に
ちょっかいをかけられて辟易した。
 そろそろバーハに帰ろう。

 今日もチンバラーダだ。昨日と同じ時間にバーハの灯台から出発する。昨日とは違っ
て普通の白いシャツを着ていったが、ロープマンたちは僕の顔を覚えていて、歓迎して
くれた。チンバラーダのメンバーも「また来てくれたんだね」という笑顔で僕に手を
振ってくれた。

 灯台の横の角を曲がったところで、人々が空を指差してざわめきはじめた。何だろう
と思って見上げると、短冊形の何かがひらひらと舞い降りてくるのが見えた。だんだん
近づいてきて、それがパラシュート隊であることがわかった。長方形のパラシュートを
あやつり、自由自在に方向転換している。それにしても、一体いつの間に空から撒かれ
たのだろう。

 人々の歓声の中、パラシュート部隊は一人ずつ、メインストリートの横の海岸に着地
した。幅5メートルほどの砂浜に全員が見事に降り立ったのは、今考えてもすごいこと
だと思う。

 今日も、すさまじい熱気で人々が踊っている。暴力的なエナジーが充満し、紊乱し
た空気が漂う。当然、喧嘩も始まる。すぐ目の前で、ビール売りの男に女が突進して
きていきなり殴りかかった。何の遺恨があったのか知らないが、女はものすごい形相
でパンチをくり出し、右ストレートが男のアゴをとらえた。男はすぐさま反撃し、こ
ぶしを固めて殴り返す。素人とは思えない腰の入ったパンチだ。それを女がスウェー
でかわす。二人とも空手かボクシングの経験があるのだろう。人込みの中に、ほんの
少しだけ隙間が生まれた。唖然として凍り付く僕と二人の間で、中学生ぐらいの女の
子が二人、一心不乱に踊っている。この娘たちは、恐くないのだろうか。

 巡回中のすぐに警官たちがすぐに駆け付けて、有無を言わさず男を警棒で叩き伏せ
た。女のほうは羽交い締めにされ、二人とも引きずりながら連れ去られていった。実
に迅速な作業だった。周囲の人々は、何ごともなかったように踊り続けている。この
ほかにも、警官に引きずられていく気絶した男たちを何人も見た。

 きっと言い訳する暇なんてなかったんだろうな。気の毒だが、これだけ放縦な人々
の群の中では、いたしかたない。そうでもしないと最低限の秩序が保てないのだ。
カルナヴァル期間中の暴力は、それでも昔にくらべるとずいぶん少なくなったのだ
そうだ。人込みの中には目つきのおかしい奴も紛れ込んでいるし、痴漢行為を働いて
いる奴もいる。飲み干したビールの空き缶を人込みに向かって投げ付けるような不埒
な輩も目撃した。ぶつけられた人が、腹いせに近くに居るやつを殴り付けて喧嘩にな
る。僕も、何度かそういうのに巻き込まれそうになった。こっちも興奮しているので
自制心の敷居が低くなっており、「売られた喧嘩なら」と応戦したくなる。それを
辛うじて踏み止まれたのは、ぶつかった相手よりも警官隊のほうが恐かったからだ。

 期間中ずっと、制服を着た軍のMPと警察が五人ひと組で会場のあちこちを巡回し
ていた。彼らは目障りなぐらいたくさんいた。全員、ブラジル人とは思えないほど
いかめしい顔つきで、決して笑顔を見せなかった。そのせいで、完全に異物に見えた。
彼らが決して単独行動をとらないのは、そんなことをしたら、普段の恨みもあって
袋だたきにされかねないからだろう。

 誤解がないように付け加えておくが、普段のバイアーノたちは決して暴力的ではな
い。カルナヴァルの混雑の中でも、肘や肩がぶつかりあったりしたら、たいてい笑顔
で「ごめん」と謝ってくれる。ただ、そんな人込みの中に、日頃の鬱屈を晴らそうと
暴力を待ち望んでいる輩や、日ごろ女にモテないのでカルナヴァルの人込みに紛れて
女に触るのを楽しみにしている変態が少し紛れ込んでいるというだけのことだ。そう
いう連中はブラジル人らしくない、暗い目つきをしているので、注意していれば避け
られる。

 カルナヴァルは、パンドラの箱だ。聖なるものだけでなく、俗なるものも醜いもの
も、全てがありのままに露呈される。人間って奴は、ときにあまりにも俗悪だ。だが、
その醜さも、こんなふうにまっすぐ表現されてしまえば、いっそ清々しささえ感じて
しまうから不思議だ。

 海岸に降りて一息つきたくなった。砂浜に通じる階段は、男たちの立ち小便で水浸
しになっており、恐ろしい悪臭が漂っている。飛ぶように売れるビールの行きつく先
が、これだ。臨時の公衆トイレが設置されているが、そんなの女性しか利用しない。
期間中、このあたりの銀行や雑居ビルは頑丈な塀で囲われているが、その塀は全て
立ちションの標的となる。人込みのすぐそばで平気で放尿する男たち。その1メートル
横でも平気で踊る女の子たち。猥雑さの極みだ。

 しかし、さすがに海は清浄さを保っていた。路上はあれほどたくさんの人出なのに、
砂浜はかなり閑散としている。数組の家族連れがカデイラを借りて寛いでいる。踊っ
ているカップルもいる。ストリートよりも3メートルほど低いので、音楽も頭の上を
素通りしていく。風が、心地良い。

 ビール売りの少年がやってきた。「ビールは飲めない」と断わると、彼の元締めの
ところに行って「ガラナ(炭酸ジュース)」とコーラの缶を一本ずつ両手に掴んで持っ
てきた。「それじゃ、ガラナ」と指差して5ヘアウ紙幣を差し出すと、少年は二本の
缶を僕に渡そうとする。一瞬、ムッとした。こいつ、二本で5ヘアウ払えってのか。
1本1ヘアウが相場だぞ。

 そのやりとりを見ていたホームレスらしき男の子が、その二本の缶を受け取って
僕に何か話しかけてきた。恥ずかしい話だが、僕はちょっとだけ身構えた。ビール
売りの少年は、自由になった両手でポケットをまさぐり、4ヘアウを僕に渡して、
にっこり笑った。ホームレスの少年は、ガラナを僕に渡し、コーラを彼に返した。
それを受け取ったビール売りの少年は、次の客を見つけて砂浜を駆けていった。
僕は自己嫌悪に襲われた。

 ホームレスの少年が、僕を珍しそうに見ていた。僕は、いつも持ち歩いているペン
シルバルーンを取り出して、それを膨らませた。少年が、好奇心丸出しで見つめてい
る。その目の前で、犬を作って彼にプレゼントしてあげた。おかげで、自己嫌悪が少
し解消された。

 カデイラに座っていた家族連れがそれを見て、興味を示したようだ。小さな女の子
が、じっとこちらを見ている。僕もカデイラを借りて彼らの隣で少し休むことにした。
「それはどこで買ったんだ?」
父親が尋ねてくる。
「日本だ。」
「ってことは、あんた、日本人かい」
「そうだよ」
「そうかい。ようこそ、ブラジルへ。ところで、うちの娘がね...」
「わかっているよ。だから、ここに座ったんだ。」

 娘の見ている前で、今度はウサギを作ってやった。彼女も、すごく喜んでくれた。
通りがかった女性三人連れがそのウサギに興味を示し、あれこれ話しかけてきた。
彼女たちとしゃべっていると、次に通りかかった若者たちが近づいてきた。屈託の
ない笑顔で「俺たち男だけ五人でいるのにお前は一人で女を三人も独占するつもりか」
とか、そんなことを言っている。女性たちもそれに応戦し、なにやら盛り上がっている。
結局、彼らはナンパに成功したらしく、わいわい言いながら連れ立って去っていった。

 そんなことをしている間に、チンバラーダはキリストの丘の向こうへ行ってしまった。
だけど、今日はもう追わないことにしよう。カルナヴァルにはいろいろな楽しみ方があ
る。こういうのも悪くない。

 この日は、ときどき砂浜からメインストリートに上がってはイヴェッチ・サンガロ
やネッチーニョ、シクレチ・コン・バナナなどを楽しんだ。いずれも全国区の歌手や
バンドで、僕もCDを持っている。ビデオでは見たけど、生で見るのは初めてのこと
だ。ぼんやり堤防に寄りかかっていると、本物のスターたちがライブをしながら目の
前を通り過ぎていく。まったく、夢みたいだ。


2000年3月4日

2000-03-03

チンバラーダの熱き行進

 今日の目的は、何と言ってもチンバラーダだ。プログラムによれば、バーハの灯台
のところから午後四時ぐらいに出発することになる。アバダーは盗まれてしまったが、
これを観ずして帰るわけにはいかない。

 それまでの時間、じっくり英気を養って......おくつもりだったが、バーハのメイン
ストリートから聞こえてくる音楽とざわめき、そして熱気が僕を駆り立てる。偵察も
兼ねて、昼の部ものぞいてみよう。昼間なら、カメラを持ち歩いても大丈夫だろう。

 念のため、ウエストバックにカメラを隠し、タンザニアで仕入れた裾の長い衣装を
着てみる。イレ・アイエの出陣式に着るつもりで持参したアラブ風の白い衣装だ。イ
スラム風の帽子と合わせて着るつもりだったが、コルテージョの羽根つき帽子のほう
が似合うかもしれない。

 冗談混じりに着てみると、正体不明の「白衣の怪人」が出来上がった。鏡をみて、
本人がプッと吹き出すくらいだから、街に来て出るとウケるかもしれない。どうせ、
東洋人の顔をしているだけで、十分目立つのだから、いっそこのくらい派手に決めて
やろうか。なにしろ、カルナヴァルなのだ。
 試しに、掃除の叔母さんやフロントのお兄さんに見せて意見を聞いてみると、予想
以上にウケた。ホベルトさんは手を叩いて喜んでくれた。よし、これでぶらっと歩い
てみよう。

 通りに出ると、子供たちが手を振ってくれる。大人たちも、親指を突き出すサイン
を見せてにっこり笑ってくれる。チームのアバダ?を着ている人が多いが、それ以外
にもピエロの衣装を着たりボディ・ペインティングをしたりして、衣装で盛り上げて
いる人がたくさんいる。中には大きなおなかを剥き出しにして、そこにローマ字で
「BABY」と大書して踊っている妊婦もいた。それを見た時は「この街の人たちは
生まれる前からカルナヴァルで踊っているのだ」と感心した。そんなざわめきの中で
は「白衣の怪人」も、さほど奇抜ではない。
 子供たちがめいっぱい着飾ってお洒落しているのが可愛くて、何枚か写真を撮らせ
てもらった。カメラを向けると、子供たちもその親も喜んでくれる。

 昼間のパレードだけあって、お子さま向けのマイルドな音楽と踊りで、なごやかな
雰囲気だった。なにしろ炎天下なので、そんなに激しくは動けない。でも、華やいだ
空気に満たされた、幸せそうな笑顔が溢れていた。制服を着た清掃係員が、ほうきを
片手に楽しそうに踊っていたり、ジュースを売るために発泡スチロールの箱を抱えた
少年が軽くステップを踏んでいたりして、ああ、まさしくカーニバルだな、と感じら
れた。

 部屋に帰ってシャワーを浴び、夕方に備える。プログラムによると、チンバラーダ
の出番は午後四時ぐらいのはずだ。どうせ遅れるだろうと思いながらも、はやる気持
ちを押さえかねて早めに宿を出てしまう。バーハの灯台のそば、トリオ・エレトリコ
の出発点に行くと・・・あった、あった。夢にまで見たチンバラーダのトリオが。ト
リオの上には、既に奏者たちがスタンバっている。トリオの横のステップには、チン
バラーダ模様のグリグリお姉さん(知ってる人は、説明しなくてもわかりますね)が、
BGMに合わせて軽く腰を振りつつ出番を待っている。黒い肌が陽光に照らされて美
しく輝いている。刺激的だ。わくわくする。

 トリオの周囲には、僕が盗まれた例のアバダーを着込んだ人々が、もうかなり集まっ
てきていた。一人ずつ違う番号のついたTシャツを着込んだロープの係員たちが、ア
バダーを着ている人だけを中に入れている。だが、トリオとロープマンたちの隙間は
数メートルしかないので、トリオの上にスタンバイしているチンバラーダの鼓手たち
の顔が間近に見える。そのうちの何人かは「白衣の怪人」姿の僕を見つけて、にっこり
笑って手を振ってくれた。

 いや、それ以前に、出番待ちで退屈しているロープマンたちが、しきりにちょっかい
をかけてくる。彼らにとって僕は、格好の見せ物なのだ。見たところ、あまり品のいい
連中ではないが、適当に話し相手になり、愛想を振りまく。これから四時間ほど彼らの
周りをついて回るのだ。仲良くしておくに越したことはない。

 出発を待つ間、何度も「アリガトオ」と声をかけられ、恭しく合掌された。 彼ら
に限ったことではなく、日本人を見かけた人は皆、そんなふうに挨拶するのである。
これは、バイーアの人気パゴーヂバンド「E O Tchan」のヒット曲「アリガ・チャン」
で有名になった日本語のフレーズだ。サビの部分で
「アリガトオォォォ、サヨナラアァァァ」
と歌うものだから、「アリガトオ」が日本人向けの挨拶として定着してしまったのだ。
 にこの曲のビデオ・クリップは、中国風の銅鑼を叩いたりタイ風に合掌してお辞儀し
たり、という実にいい加減なシロモノなのだが、それが日本のイメージとしてインプット
されたために、日本人は合掌して挨拶するもんだと勘違いしている人も多い。
 突然地元の若者5-6人に囲まれて、この曲をまるまる一曲歌いあげられたこともある
(もちろん、一緒に踊って「アリガトウ。サヨナラ」と握手して別れた。ふぅっ)。。。
 道で擦れ違う人に「アリガトオ」と声をかけられたり恭しく合掌されたりするのは
なんともくすぐったいものだが、東南アジアで何度か経験したように、いきなり「バカ
ヤロウ」と声をかけられる---天皇の軍隊がアジア各地でしょっちゅう使っていたために
「バカヤロウ」が最も有名な日本語として刻印されたのである---よりは、はるかに
気分が良い。

 ロープマンたちに次々と握手を求められて「俺はスターか?!」と自分に突っ込みを
入れつつ暇をつぶしていると、ジュースのようなものを呷っていた一人がそれを差し
出して「飲め」と言った。暑くて喉が乾いていたので素直に口に入れたら、胃袋から
喉元にかけて炎が舞い上がるような感触がした。自家製のカシャーサ<火酒>だ。
むちゃくちゃキツい。思わずむせ返る僕を、連中は手を叩いて笑いものにして、これ
見よがしにうまそうにグビグビと回し飲みする。このぶんだと、トリオが出発する頃
にはかなりできあがってしまうことだろう。

 このあと、自家製のカシャーサが一本1レアル程度で売られているのをそこかしこ
で見かけた。それをラッパのみする連中もたくさんいた。通勤時間の丸の内線なみの
人込みの中を、そんな連中が狂ったように踊り明かすのだ。言うまでもなく、無事で
済むわけがない。街は、かなりヤバい空気に包まれていた。

 西からの日射しを浴びて、デニーとニーニャが運転席の上に設えられたステージに
姿を見せた。二人とも、五年前の大阪公演の時のメンバーだ。あのときは、人気絶頂
だったボーカル・シェシェウやパトリシアたちの控え選手のような存在だったが、今
では押しも押されぬ看板ボーカルだ。後ろの正面には、新しく加入した日系人のアキ
ラとリオ出身の色の白い女性ボーカル二人が乗り込んでいる。

 デニーが僕を見つけて、ちゃめっけたっぷりに合掌してくれた。その笑顔を見て、
彼らもカーニバルの幕開けをワクワクしながら迎えているんだと感じた。アバダーを
盗まれたのは残念だけれど、「白衣の怪人」がこうして彼らのお祭り気分を盛り上げ
るのにささやかな貢献を果たしたのなら、それでよしとしておこう。

 そして、人々がざわめく中、総帥カルリーニョス・ブラウンが登場した。
 この男の仕掛けたムーブメントに惹きつけられた結果として、僕はこの地に足を
踏み入れることになった。チンバラーダの1stアルバムを耳にして以来、彼の曲、
彼の言葉、彼の足跡を貪るように追い求めてきた。
 世界中でいちばん注目していた男が目の前にいる。
 ほんとうに、夢みたいだ。
 トレードマークの濃いサングラスと酋長のような冠。彼にとってはカルナヴァルの
定番衣装だ。長身にしなやかな筋肉、そしてがっしりしたアゴ。予想していたとおり、
威厳たっぷりの存在感だ。

 トリオの上のステージ中央で、ブラウンがチンバウを叩く。いよいよ本番開始だ。
さすがにキレのいい、素晴らしい音色だ。しばらくソロをとったあとで、バンドが後
に続く。トリオの壁面が巨大なスピーカーになっていて、恐ろしいまでの音量が鳴り
響く。真横にいると、鼓膜が痛いぐらいだ。ロープマンたちは準備よく耳栓を持参し
ている。トリオの後ろをパーカッション部隊が行進するのかと思ったけれど、奏者は
すべてトリオの上にいて、路上ではリード・ダンサーとお揃いのアバダーを着た数百
人の群集が、ロープの中でうごめいている。

 そして、トリオがゆっくり動き始める。名著「バイーア・ブラック」の中で板垣
真理子さんが書いておられた通り、その姿には「風の谷のナウシカ」の王蟲(オーム)の
ような意志が感じられる。それを取り囲んで行進する人々は、守護神とともに突撃する
兵士たちのようにいきりたっている。
 ニーニャががなり声をあげて歌う。「Zorra, zorra.....」彼の野太い歌声によって
特殊なエネルギーを注入されて意識をいきなりレッドゾーンにぶち込んだ群集たちが、
太鼓のリズムに合わせて飛び跳ねる。なんて熱さだ。人々が、沸騰している。
 トリオのすぐそばはものすごい混雑なので、斜め前ぐらいを確保しつつ、一緒に前
進する。歩くのと同じぐらいの速度でトリオが進み、それに合わせてロープの仕切り
も進む。ロープの中で、黄色と黒のシャツ・赤い短パンという派手ないでたちの「守
られた人々」が、蜜蜂の巣をひっくり返したような凶暴さで踊りまくっている。カマ
ロッチが設置された場所で止まって数曲歌い、またじりじりと前進する。灯台から
キリストの丘まで、1kmほどのメイン・ストリートを通り過ぎるだけで30分ぐらい
かかったと思う。

 時々、ロープの先頭部分で先導している男が、わざとロープとアバダー組の人々と
の間に10メートルほどの空間を作る。後ろからトリオが進むと群れの密集度が高まり、
"押しくら饅頭"状態になる。そうして十分にエネルギーを貯えておいて、一挙にそれを
解き放つのだ。「ワァッ」と声をあげ、10メートルほどの空間をダッシュする人々。
ただそれだけのことなのに、背筋がゾッとするほどの迫力だった。

 カリブ音楽の資料をあさっていた頃、ビデオでハイチの「ガ・ガーの行進」風景を
見たことがある。薄暗い映像だったし、現地語の解説は聞き取れなかったが、そのビ
デオのイメージはくっきり焼き付いている。

 田舎道。群衆が不穏なエネルギーをたぎらせて前進しようとしている。先頭に笞を
持った男がいて、それを容赦なく振り回して人々を押しとどめている。先頭の男は、
天と地の呼吸を読み、精霊と交信して魔界との境界線を確認しつつ、群衆を導く。
「よし、今だ、今なら行ける!」先頭の男がそう判断し、笞を下げると、人々がワァッ
と駆け出す。たしか、そんな映像だった。

 あれは、奴隷時代の記憶を呼び戻すものだったのかもしれない。ハイチにしても、
ここバイーアにしても、おそらく彼らの記憶にそのままの形では残っていないだろう
けれど、抑圧と、そこから解放される喜びを体ぜんたいで味わっているみたいに見える。
 スペクタクル。まさしく、スペクタクルだ。

 村上龍がどこかに書いていた言葉を思い出す。「1人のトップアスリートが百メー
トルを9.8秒で走れば、それはスペクタクルだ。千人の人間が一斉に走れば、それも
スペクタクルだ。天安門広場を見ればわかるように、百万人ならそこに集まるだけで
スペクタクルだ。」
 今、この街はもっと熱いものに支配されている。

 音楽だ。バイーアの激しいリズムが、人々を心から熱狂させ、日常から遊離させ、
不穏なレベルにまでエネルギーを掻き立てている。トリオの巨大なスピーカーから流
れ出す音楽が天蓋のように街全体を覆っている。フライパンの中で炸けるポップコー
ンのように、人々の意識が変容し、沸き上がる歓喜は誰にも押し止められないほどに
溢れている。

 そんな群衆の真ん中に、ブラウンたちがいる。巨大なトリオの運転席の上で歌って
いる姿が、たまらなくカッコいい。背中に夕日を浴びて、熱狂の渦の中心に立ってい
る。その向こうに、ファロール・ダ・バーハがそびえている。なんて美しい姿なんだ
ろう。

 ロープの外側にも、内側と同じぐらい熱狂した人々が踊っている。アバダーを買う
ことなくロープの外でカルナヴァルを楽しむ人々だ。場所を決めてビールやジュース
を売っている人も多い。捨てられた空き缶を拾う子供たちがたくさんいる。半分ぐら
いは、裸足の子供たちだ。失業者の多いこの街では、この期間のこういう仕事が貴重
な現金収入になるのだろう。親を助けて働くのか、それとも、路上で暮らす親のいな
い子供たちなのか。

 売り子たちの中にも子供がたくさんいた。氷入りのクーラーボックスを脇に抱え、
空き缶に小石を入れたものをカラカラ鳴らしながら歩いている。飲み物は、どんどん
売られて行く。飲まれた空き缶はその場に捨てられる。その空き缶を踏みつぶして小
さくした上で袋に詰めている子供たちは概して暗い表情で、身なりも汚れているよう
な気がする。売り子のほうは、ほんの少しだが音楽を楽しむ余裕があるみたいだ。笑
顔でステップを踏んでいる子供もいる。そういうのを見ると、ちょっとホッとする。
空き缶拾いの子供は、ただただ路上を見つめているだけだ。拾うのは元手がなくても
できる仕事で、それ故に最底辺の仕事というわけだろうか。

 悦楽の境地で踊る大人たちのそばで、子供たちが一心不乱に働いている。この現実
は、とても強烈だった。五才くらいの子供が、つぶした空き缶を自分の背中よりも大
きなゴミ袋いっぱいに入れて、背負って歩いている。ガシャガシャと、音がしている。
その音は、どこかで耳にした音だ。

 「Eu quero uma latinha    僕は一つの缶がほしい(???)
  Transbordando voce,    あなたをあふれさせたい(???)
Eu quero uma latinha   僕は一つの缶がほしい(???)
  Pra botar o que beber,   飲み物を用意するために(???)
Ela e livre, ela e free,   それは自由、それは無料、(???)
  ela e do, ela e mi....」   それは慈しみ、それは僕、(???)

そうだ!!チンバラーダが歌う「A Latinha」という曲のビデオ・クリップで使われ
ていた効果音だ。僕は歌詞もろくに知らず聴いていたが、あれは空き缶拾いの歌だっ
たのか。タイトルも「ラティーナ(ラテン女性)」と勘違いしていたけれど、「lata」
(缶)に「縮小形」の "-nha" をつければ「ラチーニャ」になる。そうすると、この歌の
タイトルの意味するところは「空き缶」なのか。そういえばこの曲のビデオ・クリップ
には体中に空き缶をぶら下げて踊るシーンがあった。。。そうだったのか!

 「A timbalada ta de lata  Ta de latinha   チンバラーダは空き缶(???)
O povo todo ta de banda  Ta de bandinha 民衆はみんな音楽隊(???)
O povo todo ta de lata  Ta de latinha」  民衆はみんな空き缶(???)

歌詞の正確な意味は今でもわからないが、彼らにこういう子供たちの姿がちゃんと見
えていることは間違いない。「月刊ラティーナ」の記事によると、ブラウン自身がそ
んなふうにして家計を支えてきたという。そして、チンバラーダのメンバーも同じ階
層の人々なのだ。彼らは音楽で稼いだお金で地域に下水道を引いたり識字教室を開い
たりしている。

 商業化が進めば地域に金が落ちるが、一方で「一部のお金持ちだけがロープに守ら
れて楽しんでいる」「売れてるプロのバンドがゴールデン・タイムを独占するから、
地元民の作るブロッコ・アフロは深夜にしかパレードできない」などという批判も耳
にする。

 もちろん、一方で商業化されたカルナヴァルのおかげで日銭を稼げる人々もいるだ
ろう。いずれにせよ、「貧困」が根元的課題なのだ。その課題は気ままな旅人が思い
を馳せるにはにはあまりにも重い。ただ、ひとつ救いがあるとすれば、そんな子供た
ちを見つめ、手を差し伸べようとしている大人たちがいる、ということだろう。ネギー
ニョもブラウンも、小学校に行く代わりに路上で空き缶を拾ったり、ジュースを売っ
たりしていたという。二人とも、学校にはほとんど行っていない。彼らが音楽を身に
つけたのは、路上であり、テヘイロであり、カルナヴァルだ。そんな彼らが、今、民
衆のヒーローとして君臨している。その事実だけでも、子供たちの希望となっている
はずだ。明日のブラウンが、今ここで空き缶を拾っているかもしれないのだ。

 正直に告白しよう。僕がこんなことを心に浮かべていたのは、子供たちの姿を目に
した時、ほんの束の間だけだ。彼らの姿が視界の外にある時、僕は、理性も常識も
どこかにぶっとんでしまったまま熱狂の渦に埋没し、ひたすら陶酔していた。昨日の
ことも、明日のことも、なにもかも脳裏から消え去っていた。この街の抱えている
様々な矛盾や軋轢について思いを巡らせるような殊勝な態度はかなぐり捨てていた。
音楽が僕を支配する。何度もCDで聴いた曲が高らかに鳴り響く。人々が、声を合わ
せて歌い、踊る。僕もまた彼らとともに声をあげて歌い、激しくステップを踏む。
僕の意識は熱気と汗と打楽器の鼓動の中に溶けて、跡形もなく消え去った。


2000年3月3日

2000-03-02

いよいよカーニバル

 Oさんが、彼のナモラーダ・サンドラさんが参加する「コルテージョ・アフロ」に
一般メンバーとして参加しないかと水を向けてくれた。そこなら今から参加すること
も可能だし、アバダーも70ヘアウというリーズナブルな値段なのだそうだ。
 願ってもない話だ。謎の男・エジウソンの「オロドゥンのリードダンサーになって
みないか」という畏れ多い誘いは鄭重に断わったものの、せっかくバイーアまで来た
のに「ロープの中で心おきなく踊る」という体験をしないで帰ったのでは画竜点睛を
欠く。「コルテージョ・アフロ」とは初めて名を聞くブロッコだが、サンドラさんが
一緒なら心強い。

 プログラムによると、初日の夜、オープニング・セレモニーに続いて21のブロッコ
が行進することになっていたが、そのちょうど中ほどに「コルテージョ・アフロ」の
出番がある。予定通り進めば、今晩10時頃にカンポ・グランジを出発するらしい。
 Oさんにとっては、カメラマンとして多忙な日々の始まりであり、サンドラさんの
カルナヴァル参加に付き合う時間的余裕がないので、僕がサンドラさんのそばにいれば
彼女のボディ・ガードとして役立つ……と思ってくれたか、どうか。
 もしかしたら、頼りない僕を見かねて、逆にサンドラさんをボディ・ガードにつけて
くれたのかもしれない。

「でも、二人ともプレス・カードを持っているし、彼女を助手としてあてにしている
 のでは?」
とOさんに尋ねると、苦笑いしながら、
「本当はそうしてくれって頼んだんだけれど、そうしたら彼女、俺のことエゴイスト
 だって」
「でも、プレス・カードがあれば、自由にカマロッチに上がったり有名人のすぐそば
 へ行ったりできるんでしょ?またとないチャンスじゃないですか」
「うん。そうなんだけど、彼女、そんなミーハーな趣味はなくて、それよりどうして
 も踊りたいんだって」
なるほど。さすがはバイアーナだ。

 コルテージョ・アフロの衣装は、ペロリーニョの事務所で引き渡すことになってい
た。カルナヴァル初日ということで、街は騒然としている。事務所の前も人だかりが
すごく、なかなか中に入れない。ようやく申し込みを済ませて代金を支払い、アバダー
の引き換え券を手に入れた頃には夕刻が迫っていた。Oさんは、メイン会場であるカ
ンポ・グランジへオープニング・セレモニーの写真を撮りに行き、僕はサンドラさん
と二人でアバダーの到着を待った。そして、ここはバイーアだ。かなり待たされた後
で、アバダーが届くのは早くても午後七時だと言われた。

「それじゃ、いったん帰って着替えて、それからカンポに行ったんじゃ遅刻するかも
 ね。バスはメチャメチャ渋滞してるし。」
「Don't worry!! 時間は十分あるわよ。ここはバイーアなんだから。」

 サンドラさんは僕より英語が上手い。そして、頭の回転が速くて、人をそらさない
話術を持っている。バイアーナには珍しく細かい気配りもできる女性なのだが、決して
それを恩着せがましくひけらかさない。あくまでも自然体なのだ。彼女と一緒にいた
おかげで、待つのもちっとも苦にならなかった。

 待ち時間を利用して、スーパーにワインを買いに出かけた。Oさんの友人が、今晩
から泊まりに来るので、歓迎のワインを買うのだとか。日本から、わざわざカルナヴァ
ルだけのために、 三泊五日の日程でやってくるらしい。
「それと、蜂蜜。朝まで踊ってクタクタになっちゃうからね。」
しかし、蜂蜜は高すぎて買えなかった。誰もが速攻性の滋養剤として買いに来るため
に、普段の倍ぐらいに値上げされていたのだ。

 結局、アバダーを手に入れてバーハに戻ったのは、夜の10時を回った頃だった。帰
りのバスは満員で、しかも渋滞のために歩くのよりも遅いくらいだった。もうこれで
オヤスミ、と言ってもいいくらい疲労していたが、ひと休みしたら衣装に着替えて出
かけなければならない。サンドラさんの話では、12時に待ち合わせて、それからバス
に乗ってカンポ・グランジへ向かえばじゅうぶん間に合うだろうとのこと。予定より
三時間は遅れると踏んでいるようだ。

 コルテージョの衣装は白いノースリーブに、白いスカート(!)。そして、赤い羽根の
ついた白い帽子。かなり、強烈だ。白地に浮かぶ幾何学模様が粋だし、胸のところに
貼り付けた神話的なデザインもかっこいい。屈強なバイアーノの褐色の肌には映える
だろう。でも、白くて貧弱な僕には絶対に似合わない。おまけに、フリーサイズな
のでブカブカだ。でも、ここまで来て躊躇してなんかいられない。斬新な衣装を身に
まとって、出発だ。夜勤のフロント係が僕を見てプッと吹き出したあと、親指を突き
出して「いけてるぜ」とにっこり笑った。「カルナヴァルだもんな」。

 サンドラさんは、衣装を刻んでヘソ出しタンクトップ仕様に作りなおしていた。セ
クシーで、かっこいい。女性はみんな、与えられた衣装をそのまま着るのではなくて、
自分に似合うように誂えなおして着るのだ。僕がひと休みしていた間、彼女は裁縫に
追われていたことになる。

「それなら、もっと早く衣装を配ればいいのに。もしかしたら、偽物が出回るのを恐
 れているのかな。」
「まさか。ただ単に遅いだけよ。でも、間に合ったんだからいいじゃない。」
うーむ、それにしても、本当にギリギリで間に合ったとしか言いようがない。衣装が
届くのが遅かったせいで、彼女はひと休みする暇もなく踊りに出かけなければならな
くなったわけだが、そんなことは全く意に介していない。この感覚、僕も見倣わなく
ては。

 通りのあちこちに屋台が出ている。真夜中なのに、すごい人出だ。僕たちが通った
のはバーハのメイン会場である大通りから三本ほど奥まった路地裏だが、薄暗がりの
中、道の両端にたくさんの人が寝ている。ボンベイのスラムを思い出させる光景だった。
こっちの会場は明日から本番なのだが、彼らは既に場所取りにやってきているようだ。
そして、カルナヴァルが終わるまで、ここで寝泊まりするのだろう。その間を縫って
セクシーな美女をエスコートするのはかなり緊張した。

 真夜中だが道がひどく込んでいて、カンポ・グランジの会場に到着したのは午前一時
ごろ。とっくに終わっているかもしれないと思ったが「コルテージョ・アフロ」の出番
はまだまだ先のようだった。公園のはずれで同じアバダーを着た一団を見つけて、そこ
で出番を待つ。サンドラさんは知人を見つけて楽しそうに話しているが、ポルトガル語
のわからない僕は手持ち無沙汰だ。僕のそばの冴えない風貌の白人の中年男も、僕と
同じようにぼんやり突っ立っていた。この男、どこかで見た顔だな....としばらく考えて、
あっと驚いた。アート・リンゼイじゃないか。

 英語で何か話しかけようかと思ったが、まとっている雰囲気が妙に暗いのでやめ、
サンドラさんに誘われるままに、彼女の友人の住む学生寮でひと休みした。どうやら
出番はまだまだ先のようだ。

 寮でかなり時間をつぶして、再び会場に戻ったのは午前三時頃。さすがに道ゆく人も
まばらだ。だが、我らがコルテージョは、まだ出番を待っている。いったいどーなって
いるんだ??

 結局、午前三時半ごろになってようやくトリオが動き始めた。高らかに、ホーンが
鳴り響く。ロープを引っ張る警備係の数がやけに少ないのは、しびれを切らして帰っ
ちゃったせいだろう。いくらラティーノだって、予定より六時間以上も遅れたんじゃ、
しかたがない。待ちくたびれたのか、パーカッション舞台の演奏もノリが悪い。

 僕とサンドラさんはパーカッション隊のすぐ後ろに陣取って、行進に加わった。沿
道には、さすがにほとんど観客がいない。これなら、ロープなんていらないんじゃな
いかと思えるほどだ。でも、コルテージョの衣装に身を包んだ僕の姿を見かけた人は、
例外なく笑顔で手を振ってくれた。こんな夜中に、こんなディープなブロッコに参加
する東洋人がいることを、喜びの眼差しで受け入れてくれるのだ。そう思うと、こち
らも張り切って踊りたくなる。

 しかし、ロープ係の人出が足りないせいで、スペースが極端に狭くて踊れない。何
度も足を踏まれ、体をぶつけられた。少ない人数でロープをコントロールしようとし
ている係員たちは、たびたび引きずられ、転びそうになっている。そっちが気になって
音楽に入り込めない。演奏する人たちも、なにかうわずった感じだ。こんな調子で、
あと四時間も行進するのか。。。。

 正直言って、うんざりしてきた。サンドラさんも同感だったらしく、「今日はもう
ダメよ。帰りましょう」と僕をロープの外まで連れ出してくれた。「こんなふうに
なって、とても残念だわ。でも、まだカルナヴァルは始まったばかり。がっかりしな
いでね。日曜日の、バーハのパレードに期待しましょう。」と、にっこり笑ってやさし
く気づかってくれる。行進そのものは期待外れだったが、サンドラさんがいっしょに
いてくれたおかげでそれなりに楽しく過ごすことができた。
 
 明日は、いよいよチンバラーダに再会できる。


2000年3月2日

2000-03-01

午後 やられた!

 今朝はいろんなことがはかどった。あとは明日から始まるカルナヴァルを待てばい
い.......そんな、うっとりした気分の昼食だった。午後には、ビーチでひと泳ぎしよう
か。それにしても、チンバラーダ事務所のおねえさんは綺麗だったなあ.....

 まったく間抜けな話である。満腹のお腹をさすりつつ、レジに行って番号札を見せ
る。この店のあるじが、僕が大きな鞄を持っているものだからカウンターの後ろに預
かってくれて、引き換えに渡してくれた28番の札だ。レジの男は怪訝そうな顔をし
て、それは何だと言う。

「そこに僕の鞄があるんだ。」
「どこだ?そんなもの、ないぞ。」
「おい、冗談だろ。ねえ、ちょっと................お願いだから、さあ。」

しかし、けっして冗談なんかではなかった。店内を見回したが、僕に番号札を渡した
オヤジの姿が、どこにも、ないのだ。あのオヤジは、この店のあるじどころか店員で
さえなくて・・・とっくにこの場を抜け出して、今ごろどこかでほくそ笑みながら今
日の収穫高を勘定していることだろう。

 要するに、やつは泥棒だったのだ。せっかくチンバラーダのトリオに参加できる衣
装を手に入れたというのに、袖も通さないうちにあのオヤジに騙し取られてしまった
のだ。

 僕はどうしようもないほど落ち込んだ。必死の思いで休暇をとって、わざわざ40時
間もかけてやってきたというのに、憧れのバントの晴れ姿を遠巻きに眺めることしか
できないっていうのか?!

 これまで何度となく一人で外国を旅行してきたけれど、盗難に遭ったのはこれが
初めてのことだ。旅慣れてくるに従って危険を察知する能力が高まり、近づいてくる
人間が怪しい奴かどうか見極められる・・・ようになったつもりだった。その自信が、
もろくも崩れた。金銭的被害よりも、こっちのほうがダメージが大きかったかもしれ
ない。

 ともかく、盗まれたんだ。そして、きっと、あの鞄を取りかえすことは二度と出来
ないだろう。悔しいが、それが目の前の現実だ。しかし、だからといって泣き寝入り
はしたくない。
「泥棒だ。警察を呼んでくれ。」
そう頼んだのだが、店員たちは困った顔をするばかりで相手にしてくれない。

 しかたなく、ホテルに帰ってホベルトさんに中国語で事情を説明したら、警察まで
連れて行ってくれるという。ありがたい。僕のポルトガル語では事情を説明できない
し、ここの警察官が英語を話すとも思えないのだが、ホベルトさんがいれば百人力だ。
感謝して、彼の車に乗り込む。

「気の毒だけど、警察に行ってもあなたの鞄は返ってこないよ。ここはブラジルなん
 だ。」
「日本だって同じですよ。もう、あの鞄はあきらめました。でも、あの犯人は、また
 同じことをするだろうから、報告だけはしておかなくちゃ。黙ったままでいたら、
 後から来る旅行者たちが次々と同じ目に遭う。」

 言いながら警察に報告しても無駄なんじゃないかと気弱になってきた。だが、話し
相手がいると言うのは心強いことだ。ホベルトさんに犯人の手口や鞄の中身について
話し、慰めてもらっているうちに、取り乱していた心が少しずつ平静さを取り戻して
きた。
「そうだ。大事なことがある。盗難の証明書をもらわないと、保険が効かないんだ。」
こんな大切なことに今ごろ気がついた。いつも海外旅行保険に入っているが、文字ど
おり「掛け捨て」だった。今回はそれが役に立つだろう。

 予想通り、警察ではずいぶんと待たされた。しかし、接客態度はわるくなく、ニコ
ニコしながら話を聞いてくれ、書類もその場で作成してくれることになった。ホベルト
さんのおかげで滞りなく処置できたが、書類作りに時間がかかりそうだったので、
帳場を放っておけない彼は話が通じた時点で先に帰るという。それで、パトカーが僕を
送り届けてくれることになった。

 パトカーの後部座席には、財布をすられたという若いブラジル人のカップルが同乗
した。カルナヴァル前のせいか、道がえらく込んでいて、パトカーはひっきりなしに
サイレンを鳴らし、車と車の隙間に割り込む。が、二人の警官のうちどちらかの顔見
知りと出会うと、平気で車を停めて話し込む。僕の隣では、美男美女のカップルが互
いを抱擁し、濃厚なキスを交わしている。(やれやれ。さすがはブラジルだ)

 このカップルをホテルに届けた後で、パトカーはバーハに向かった。例のキロに立
ち寄り、注意を与えてくれるというのだ。そこまで期待していなかったのだが、異論
のあろうはずはない。警察がくれば、店の人も今後怪しい人物に目を光らせるだろう。

 キロのすぐ前にパトカーを停めると、二人の警官は拳銃を手にして「バモ!」と気
合いを入れた。さすがにこの時は、真剣な目つきだった。彼らの後について店に入る。
当然、店員たちはギョッとした顔で警官を迎える。ちょっと可哀相な気もするが、し
かたがない。

 ここで事実関係の確認をひととおりしたわけだが、警官は「この中に犯人はいない
のか。本当に間違いないんだな」と何度も僕に念を押した。警官は高圧的で、僕が一
人を指さしたら有無を言わせずそいつを引っ張って行きかねない雰囲気だった。警官
たちが引き上げた後で「君たちを疑ってなんかいない。保険のために必要な手続きだっ
たんだ」と弁解して、店員たちと握手して別れた。後味が悪かった。

 ホテルに帰ったのは、もう日が暮れた頃だった。何という一日だ。午前中の高揚し
た気分はすっかり失せて、徒労だけが残っている。こんな気分では、明日からのカル
ナヴァルに溶け込めそうにない。今はただ、ふて寝を決め込むだけだ。

 シャワーを浴びたが、服を着る気力もなくてそのままバスタオルにくるまって横に
なる。悔しさが、あとからあとから湧き出てくる。そんな自分が情けなくて、さらに
落ち込む。夢にまで見たカルナヴァルを目前にして、なんという体たらくだ。しかし、
今朝から動揺しっぱなしの僕の神経はささくれだっていて、立ち直れそうにない。

 自己嫌悪の泥沼で格闘しているとき、ドアをノックする音が聞こえた。Oさんが心
配して様子を見に来てくれたのだ。ホベルトさんに警察に連れて行ってもらう直前に
電話をして、盗難に遭ったことを報告したのだが、その時の僕の心境は、「とにかく、
だれか僕の話を聞いて、なぐさめてほしい」という切羽詰まったものだった。電話の
僕の声はかなり情けないものだったに違いない。今、思い返すとひどく恥ずかしい。

 Oさんは、そんな僕を元気づけようと、カルナヴァル前夜祭のパーティーに誘いに
きてくれたのだ。
 日本の雑誌の特派員を兼ねるOさんとその助手としてプレスカードを登録した彼の
ナモラーダのサンドラさんは正式に招待されているわけだが、僕みたいなのがノコノコ
ついていって構わないんだろうか?
 Oさんの話では「こっちのパーティーというのは、いちいち入場者をチェックしない
から大丈夫だと思う。万一ダメだったらそのときは無駄足になるけど、許してほしい」
ということだった。
 このありがたい申し出は、僕にとってとてもいい気分転換になりそうだった。場所は、
メイン会場の一つであるカンポ・グランジ広場のそばのホテルだ。
 広場の周りではカマロッチ(観覧席)の設営が進んでおり、カルナヴァル前夜のわくわく
するような空気が満ちている。明日までに、このテンションの高さに追いつかなくては、
と自分を励ます。

 Oさんが言っていた通り、会場に入るまで誰にもチェックされなかった。名札をつけ
たり記帳したりというのも一切なし。その辺の軽食をつまんだり飲み物をもらったりし
ながら、カルナヴァルの女王(といっても、格別ゴージャスには見えなかった)が市長から
カギを受け取る儀式を間近に眺めたりした。なんというか、恐ろしく不用心だ。

 会場には、謎の男・エジウソンも来ていた。二年前にペロで「コンニチワ」と声を
かけてきた怪しげなバイアーノだ。以前、日本の女の子と付き合っていたとかで、その
彼女からもらったという50円硬貨に紐を通してネックレスにしている。そのときは、
何とかというイベントで踊るから観に来てくれ、と言っていた。いろいろなブロッコに
参加しているようだが、踊りはそんなにうまくなかった。
 彼は僕を見つけると「オロドゥンのリードダンサーとして参加しないか。タダで参
加できるし、衣装ももらえる」などと誘ってくれた。きっと本当の話なのだろうが、
あまりに畏れ多いので辞退した。

 まだ余り日焼けしていない僕は会場で目立ったらしく、テレビ局のリポーターに英
語で話しかけられ、日本から来たと答えたために質問攻めに遭ってしまった。ライト
を当てられカメラに晒され、下手な英語で身分を偽って参加していることの辻褄を合
わせるのに冷や汗をかきつつ答えたために、終始相手のペースで押しまくられて、最
後に、画面に向かって「**テレビ、バンザイ」などと叫ぶ羽目になった。あるいは、
はるばる日本からも取材に来てるっていうことを、ビジュアル的に見せたかっただけ
で、放送されたのはそのワンフレーズだけだったのかもしれない。でも、下手な英語
でつっかえながらも、バイーアに対する熱い思いを語り、この地でカルナヴァルを迎
えることが出来た喜びを語っているうちに、こちらのテンションが上がってきたのは
ありがたかった。

 帰り道、場所取りの為に路上で寝ている多くの露天商やその家族たちのあいまを縫っ
て歩きながら、「いよいよ始まるのだ」と胸が震えた。ねっとりとした夜が、不穏な
空気を孕んでざわめいている。街の人口は、きっと3倍位に膨れ上がっているはずだ。


 2000年3月1日 tarde e noite

午前 アバダーをゲット

ゆうべネギーニョを待っている間、マスコミ関係の仕事をしているという日本人に
声をかけられ、しばらく話した。この男はしきりに
「トリオについて行くなら、ロープの中にいないと危険だ。スリやかっぱらいが
 ウジャウジャいる。殴り合いの喧嘩もしょっちゅうだ。ロープの外にいたんじゃ、
 身の安全は守れない」
などと人を不安にさせるようなことを言っていた。

 そろそろ、カルナヴァル期間中の身の処し方を真剣に考えなければならない。イレ・
アイエやマレー・ヂ・バレーの行進を見ようとすれば、バーハのチンバラーダやダニ
エラ・メルクリを最後まで追い掛けることができないし、逆もまたしかりだ。
予定表は手に入れたものの、時間などあてにならないし、期間中は渋滞でバスが動か
なくなる恐れもある。
 結局、バイーアの神髄であるブロッコ・アフロへの参加を諦めるのは断腸の思いだが、
せっかくバーハに宿をとったことだし、今回はバーハでチンバラーダを中心に追い掛け
ることに専念しよう、と意志を固めた。

 思えば、僕にとってそもそもの始まりは、偶然耳にしたチンバラーダの1stアルバ
ムだった。ミナミにあるワールドミュージック専門のCDショップで耳にした一曲---
"Toque de Timbaleiro"。
 まずはそのリズムに全感覚器がザワザワとざわめいた。つぎに、大胆なデザインの
表ジャケット(かの有名なパトリシアのバストショット)にドギモを抜かれた。さらに、
裏面を見て、異様ないでたちの奏者たちに魂を奪われた。美しい褐色の肌に幾何学模様
の白いペインティング。前衛的で、しかも原初的だ。ミュージシャンというよりも、
新しい種族が深い森から現れいでた、という印象だった。

 Timbaladaというtribe。

 買って帰って何回も繰り返して聴くうちに、一つの明確な啓示が脊髄を貫いて降り
てくるのを感じた。この向こうに、きっと何かある。そんな運命的な予感だった。

 彼らがブラジルで大ヒットを飛ばした95年は、偶然にも日本=ブラジル修好百周年
にあたり、その記念事業としていくつかのバンドが日本を訪れた。
 シモーネ・モレーノ、
 バンダ・メル、
 そしてチンバラーダ!
すべてバイーア発・アフロ・ブラジリアン音楽だ。もちろん僕はどれも見逃さなかった。
そして、生の音に触れたことで、熱狂的なブラジル音楽ファンになった。
この頃にはもう、彼らの音楽が「アシェー・ポップ」と呼ばれることもバイーア音楽
の一つであることも知っていた。

 ただ、この年のチンバラーダは本国であまりに売れてしまったために、ボーカルの
三人のスケジュールがつかず、当時まだ17才だったデニーと背中に「おおきに」と
ペインティングしていた茶目っ気たっぷりのニーニャ、そしてスリムな女性二人が
歌っていた。

 96年、パトリシア、シェシェウ、アレシャンドラ等メイン・ヴォーカルを揃えて
再来日したときには、「かわちながの音楽祭」名物のワークショップを開いてくれた
おかげで彼らの飾らない素顔にふれることができた。
 僕より早くアシェーの魅力にとりつかれていた三宅君は、この時既にバイーアを
訪問していたので、ペロやバーハの写真を持ってきていた。それを見たパトリシアが
「Oh...Saudade」
とつぶやいて、愛おしそうにその写真を見つめていたのが印象的だった。
 トロンボーンのアウグストは「今度は、僕のうちにおもいでよ」と電話番号を教えて
くれた。この年の暮れにバイーアを再訪した三宅君は、実際に彼の家を訪ねていって
歓待され、CD「Mineral」のジャケットにサインをもらって帰って来た。

 こんなふうにして、バイーアは「いつか必ず訪れなくてはならない聖地」として
心に刻まれたのだった。

 97年の年末にミヤケ君に連れられてようやく聖地巡礼を果たしたのだが、この時は
あいにく彼らがポルト・セグロにツアーに出ていたために、再会を果たすことができ
なかった。二度めの巡礼(98年末)にようやく再会を果たしたのだが、 この時、シェ
シェウとアレシャンドラはもう居なかった。パトリシアとアウグストもその後脱退し、
河内長野で出会った時のメンバーとはずいぶん様変わりしている。

 バイーアのバンドは人の入れ代わりが結構激しいのだ。

 最近のチンバラーダのアルバムを聴くと、以前とは音楽の傾向がだいぶ変わって
きていて、むかしのチンバラーダとは違うバンドになってしまったように思えること
もある。
 しかし、チンバラーダの仕掛人・風雲児ブラウンは今年もチンバラーダを率いて登場
するはずだ。彼を見ずして帰る訳には行かないだろう。

 そんなわけで、今回は陣容を一新したチンバラーダを軸にカルナヴァルを過ごすこと
に決めたのだった。そのための準備に取りかからなければならない。

 まず、キオスクで買った雑誌でチンバラーダの事務所の住所を探し、参加料を調べる。
値段は370ヘアウ。日本円に換算すれば二万三千円ぐらいだ。ずいぶん高い。
 CD一枚20ヘアウのこの国では、ものすごく高いと言っていいだろう。たぶん、今回の
滞在で一番大きな買い物になるだろう。ただし、これは衣装の値段も込みの値段であり、
この衣装は他では手に入らない貴重なものとなる。それに、ここまで来るのにかかった
費用(飛行機代だけでも20万円)を考えれば、高いからといって断念する訳にはいかない。
 ただ、今頃まで売れ残っているかどうか、それが問題だ。

 両替屋に行って多めにヘアウを用意し、財布に400ヘアウほど入れてあとは隠しポ
ケットに収める。通りがかったタクシーを停めて雑誌の住所を示すと、すぐに連れて
行ってくれた。ショッピング・バーハの裏手の高台にある住宅街の一角だ。結構近かっ
た。事務所のそばに数人の男がたむろしている。そのうちの一人が、事務所に入ろう
とする僕に
「もう、売り切れだぞ」
と、声をかける。やはり、無駄足だったか。軽く落胆する。

 この男がダフ屋だったら僕を足留めさせようとするだろう。しかし、彼は「気の毒
にね」という表情を浮かべただけで、それ以上の用事はなさそうだった。

 せっかく来たのだから、中に入って様子だけでも見てみよう。

 オフィスには、ゲットー・スクウェアから持ってきたチンバラーダ仕様のマネキン
人形やでっかいパネルが飾られていて、壁や柱までがチンバラーダ模様に塗られてい
る。これだけでも、観に来た甲斐があるというものだ。カメラを置いてきたのが残念だ。

 拙いポルトガル語で「チンバラーダのトリオに参加したいのだが」と告げると、受
付の女性は首を振って「アカボウ(もう、なくなったよ)」と答える。
やはりそうか。はかない夢だったか。

 もう一度オフィス全体を見回して、チンバラーダが一杯にあふれている事務所を名残
惜しげに眺めていると、大柄の白人男性が英語で話しかけてきた。
「チンバラーダのトリオに参加したいのか。」
「ああ、そうだ。でも、売り切れだって。」
「いくら払える?」
一瞬、耳を疑った。この男、ダフ屋なのか。しかし、堂々と事務所の中で交渉するか?
「実は、キャンセルしに来たんだ。あなたが買ってくれれば、こっちも助かる。」

 どうやら、彼は彼でキャンセル交渉が難航していたようだ。振り込み手形のようなもの
と引き換えに現金の払い戻しを求めていたが、拒否されたために僕に声をかけた、という
ことらしい。それなら、信用してもよさそうだ。
 ただ、このような形での譲渡が認められるものなのかどうか、不安ではある。
 というより、トリオに参加するための手続きに何が必要なのかを知らないので、慎重に
しなければならない。なにしろ370ヘアウの買い物だ。空手形をつかまされたんじゃ、
泣くに泣けない。
 オフィスの誰かに確認をとりたいが、英語が話せるのはこの男だけだ。乏しい英語の
能力を振り絞っていくつもの念を押し、交渉を進めるほかはない。

 参加者の印であるコスチュームをポルトガル語でアバダーと呼ぶ。この衣装さえ身に
つけていれば、誰でも(買った本人でなくても)ロープの中に入れてもらえる、というのが
トリオ・エレトリコのシステムである。この事務所は、要するにそれの受け渡し場所なの
だが、この時点ではそんなことは知らなかった。
 したがって、彼の説明に耳を傾けることから交渉を始めなければならない。

 彼はまず、「君はabada、つまりfantasiaを買うんだ」と説明を始めた。
「ファンタジー?」
訳がわからず、怪訝な顔をする僕。
「fantasyじやなくて、fantasiaだ。パスポートのことだ。」
パスポート?
「いや、本当のパスポートじゃなくて、切符だ。いや、切符はない。Tシャツのこと
なんだ。」
・・・?

 もし、Tシャツとは別に参加証のようなものが必要だとしたら、この男がTシャツ
だけアホな日本人に売りつけて、参加証を別の人に売りつけようと目論んでいる可柏ォも考えられる。

 こんなときは、もう、相手の表情や語調を読みとって判断するしかない。
 この話、嘘か、まことか。
 僕は直感に従って、この男から買い受けることに決めた。

 だがこの男、けっこうこすっからしくて、僕が「買う」と言ったとたん、「500、
いや、400ヘアウ。それ以下では譲らない。他にも欲しがっている人もいる」など
と強弁しはじめた。日本からわざわざ来たということで、足元を見られたのだ。

 交渉が行き詰まった。僕は、彼にキャンセルの理由を尋ねた。辻褄の合わない話を
したら、撤退することも考えなけれはなるまい。
「実は、一年前からチンバラーダに申し込んでいて楽しみにしていたんだけど、新しい
 恋人・・・」
そばにぴったり貼り付いていた色白の女性の腰を、ここでさらにぐっとひきよせて目
と目を見つめあって、
「・・・つまり彼女と旅行することになってキャンセルしたんだ」
とのろけた。

 さすがはブラジレイロ、女に関してはガードが甘い。浮かれついでに小切手の日付
けを見せたのが運の尽きだ。振り込み金額が320と記されているのを忘れたらしい。
「この数字は何だ?あなたは本当に370ヘアウを振り込んだのか?我々は初対面な
 んだ。隠しごとがあったんじゃ、交渉なんてできないよ」
とツッコミを入れると、
「実は、一年前に予約すると割り引きしてくれるんだ。僕は320ヘアウで買った。
 間違いない。」
とあっさり白状した。

 ま、僕も定価で購入できれば御の字だと思っていたことだし、欲張りすぎたらバチ
があたる。
「定価より安くしろとは言わないよ。定価通りでどうだ?」
男はちょっと恥ずかしそうに微笑み、右手を差し出した。
 握手。めでたく、交渉成立だ。
「じゃ、引き換えてくる。」
という男について、奥のカウンターまでついて行く。不審な点がないかどうか見届け
るためだ。カウンターには褐色の肌をしたものすごい美女がいて、しかも実に露出度
の高いタンクトップを身につけていたた。ついついそちらに目と心を奪われてしまっ
てから「ガードが甘いのはどっちだ」と反省した。
 とにかく、トリックはないようだった。

 彼が受け取ったコスチュームを目にしたときは、正直言ってガックリ失望した。
もともとチンバラーダは音楽だけではなくてファッション性も際立っている。きどって
はいないけれど、彼らのファッション感覚は実にカッコいいのだ。
 それなのに、今年のコスチュームは道化師みたいでデザインが良くない。おまけに、
注文した大柄の白人男性のサイズなので、非常にデカい。彼も気の毒に思ったのか、
サイズを交換するように美人のムラータに交渉してくれたのだが、
「あなたたちが一番最後だ。ほかのは、全部渡してしまった。代わりはない」
とあっさり却下された。

 しかたない、この男の罪ではない。いまさら撤回するわけにもいかない。なにしろ
これはチンバラーダに最大限の接近を試みる切り札なのだ。370ヘアウと引き換え
にこの衣装を受け取って二人に別れを告げる。

「楽しい旅を」
「すてきなカルナヴァルを」
二人とも、心からの笑顔で手を振ってくれた。さっきまで疑心暗鬼の対象だったこと
が嘘みたいだ。
 とにかく、よかった。

 ハッピーな気持ちに満たされ、歩いて帰ることにする。ついでに、ショッピング・
バーハでお土産物を買いこむ。明日からは、どこの店が開いているのか見当もつかな
いので、しこたま買い込む。もともと買い物は苦手な方だか、気分が高揚しているの
で、買い物が楽しい。日本にいる友人たちの顔を思い浮かべながら、一時間以上かけ
て品物を選んだ。背中のリュックがぱんぱんに膨れ上がった。

 もう、昼時だ。そのへんでご飯を食べて、ホテルでひと休みしよう。さすがに疲れた。
大きな目標をクリアして、ちょっと心がゆるんでいた。それが間違いの元だった。


2000年3月1日 amanha