AXE ZANMAI

2004-03-05

アシェーの女王

 連日、盛り沢山のパレードに煽られて踊り続けたツケで、全身の筋肉が悲鳴をあげ
ている。足の裏が硬くなって裂け目ができ、そこから血が滲んでいる。しかし、心が
わくわくして、休もうにも休めない。

 裏通りはあちこちにゴミの山ができ、悪臭が充満していた。午前中に清掃部隊がそ
れを掻き集め、洗剤を撒いてブラシでこすってまわってくれるのだが、午後になると
すぐにゴミの小山が復活している。そのそばで、屋台を営む家族連れがゴザをひいて
眠っていたりする。

 今日も、チンバラーダから始まった。「白衣の怪人」姿はもうやめたのに、かぶっ
ていたタンザニア製の帽子が目立つのか、あるいは顔を覚えてくれたのか、トリオの
そばへ行くとメンバーやロープマンたちが「ヘイ、ジャポネーズ」と手を振ってくれ
る。ロープの中にも僕の姿を見覚えてくれた人が何人かいて、握手を求めてきたり、
中には「記念に写真を撮らせてくれ」と頼みにきた人もいる。もちろん、快く応じる。
僕の存在が彼らのお祭り気分を高めているのなら、それはとても光栄なことだけれど、
「日本人が踊っている」というだけで注目されるなんて、なんだか不思議な気分だ。

 「今日は疲れているからおとなしくしていよう」と誓ってホテルを出たのに、音楽
が鳴り響くとどうしても激しく踊ってしまう。なるべく人込みを避けて、やや後ろよ
りにつけてトリオを追った。トリオの後ろ側ステージに陣取ったアキラが見るからに
性格のよさそうな笑顔で歌っている。彼なら、アフリカ系の文化が強いこの街でも人
々から愛されることだろう。彼が加入したあとで発売されたアルバム「...pense min
ha cor...」のジャケットを見たとき、正直言ってアフロ色が薄れたことを残念に思っ
たし、日系人のボーカルは地元の人々に受け入れられないんじゃないかと心配もした。
けれど、アキラがバイーアの空の下で伸びやかに歌うのを見ると、この街は僕が想像
したのよりもずっと懐が深いのではないかと思えてきた。ブラウン総帥の信条---ブ
ラジルは、世界中の文化を受け入れてきた。ヨーロッパやアフリカだけじゃなく、イ
ンヂオ、アラブ、日本、その他たくさんの人々によって育まれた混血文化なんだ---
が思い出される。

 彼らを追いかけている途中で、日系の可愛らしい女性が日本語で声をかけてきた。
「日本人ですか」
「はい、そうです。あなたは?」
「日系人。ここで育ったの。アキラって知ってます?今、あそこで歌ってる。あれ、
あたしのお兄さんなの」
ううむ、そうだったのか。
 今日は、彼らのパレードの半ばまでつきあってから、バーハの灯台まで引き返すこ
とにした。クロコディーロ号に乗って君臨するアシェーの女王、ダニエラ・メルクリ
が出撃するのだ。

 パレードの人の流れに逆らって引き返すのは大変だったが、引き返す途中で「エ・
オ・チャン」や「テハ・サンバ」のパゴーヂ系バンドとすれ違い、彼らのお気楽サウ
ンドを楽しむことができた。パゴーヂといわゆるアシェー・ミュージックをどうやっ
て区別するのか、僕にはよくわからない。だが、パゴーヂはどれも同じ曲のように感
じられる。なにか、リズム上の特徴があるのだろう。
 この街の人々は、パゴーヂがとても好きだ。軽くてリズムが定型的なので、踊るの
には好都合なのだろう。ひとつのトリオが通り過ぎ、別のトリオがやってくるまでの
短い空白時間でも、傍らのレストランが大音響で流し続けているパゴーヂに合わせて
人々が路上で踊っている。ほんとうに楽しそうだ。

 そうした人々の隙間を縫って、ようやくスタート地点・バーハの灯台横に辿り着い
た。まだ前のトリオが滞っていて出発待ちの時間だというのに、ダニエラは既にハイ
テンションで歌い始めていた。彼女のトリオは他のと違って、運転席の前にワニの顎
のように突き出たステージが取り付けてあり、そこに降りると群衆とほぼ同じ高さで
歌ったり踊ったりできる、という形になっていた。それと、運転席上のステージのま
わりには、電光掲示板で「ILE AIYE 25 ANOS」「Terra do Quilombo」などという
文字が流れていた。自分の名前や曲を表示しないで、イレ・アイエの25周年を祝い、
イレ・アイエの今年のテーマ「キロンボの大地*」を掲げている。
 (*キロンボとは、弾圧から逃れた黒人奴隷が内陸部に作り上げた共和国のこと。
    政府軍に弾圧されながらも、逃亡奴隷の解放区として存続した)

 バイーアの歌の特徴として、ミュージシャンやアフロ・ブロッコが互いにエールを
交換しあっている、ということが挙げられる。自分が憧れていたミュージシャンや影
響を受けたブロッコを讃える歌が数多く歌われている。恋愛の歌ももちろん多いけれ
ど、こうした先達や、バイーアの街そのものへの愛を歌っているケースがたくさんあ
るのだ。

 中でも、黒人としての矜持を持ち続け、決して商業的なポップ・バンド化に色気を
示さないイレ・アイエは、バイーア音楽の重鎮として尊敬を集めている。そもそも、
一部の白人達の祭であったカルナヴァルに、初めて黒人チームとして弾圧に屈するこ
となく参加し、アフリカ系文化を堂々と主張したのがイレ・アイエであり、それもたっ
たの25年前の出来事なのである。そうやって培った土壌の上に、アシェー音楽の華が
開いたわけで、ダニエラがアシェーの女王として全国的に知られるようになったのも、
イレの存在があってこそと言えるだろう。

 ダニエラが歌っている。

  Voce passa o ano inteiro       あたしのこと、年がら年中
  Dizendo que gosta de mim      好きだっていってるくせに
  Mas quando chega fevereiro    二月が来ると見向きもしない・・・
  Voce quando ve o ILE, parece    あんたったら イレ・アイエを見たとたんに
  Que perde o juizo, amor, amor   人が変わったみたいになっちゃうんだから
E o amor ao ILE, menina      だって、イレーは最高なんだぜ
E o amor ao ILE, E o amor ao ILE,  しかたないだろ  イレーが好きなんだ
Que me faz faz esquecer voce   君のことだって、忘れてしまうさ

               (ダニエラの3rd album「Musica de Rua」から)

 押しも押されぬ大スターになった今でも、こうしてイレ・アイエへの尊敬を歌い
続けるダニエラは偉い。デビュー当時の写真とくらべると若干丸みを帯びたとはいえ、
しなやかな肢体を弾ませて軽やかに踊る姿は今でも十分に若々しい。リズムに合わせ
たキレのいいターン、メリハリの聞いた歌声。観客を煽りつつ、歌うことを心から楽
しんでいる笑顔がほんとうに素敵だった。

 ダニエラのひとつ前で順番待ちをしていたのが、ダニエラに続くアシェー・クイー
ンとして名乗りをあげているイヴェッチ・サンガーロだ。最近バンダ・エヴァから独
立して精力的に活動している彼女も、決して悪くない。だが、こうして本物の女王と
並んでしまうと、まだまだ及ばないと思った。ひとつには、イヴェッチにはどこか
「自分を売り込むことに長けている」というイメージが漂っているが、ダニエラから
は「純粋にこの街が好きで、歌うこと、踊ることが大好き」という原点がはっきりと
感じとれる、という違いがあるだろう。

 イヴェッチのトリオ(彼女が個人で購入したという噂だった)が出発し、クロコディー
ロ号がようやくスタート地点にスタンバイした頃には、既にヒットナンバーを5?6
曲歌い上げていたダニエラだったが、ひと休みしようという気配も見せず、ますます
熱く盛り上がって歌い続けた。曲の途中でミネラルウォーターをラッパ飲みし、さら
に歌い続ける。誰もが知っている彼女の持ち歌ばかりで、群衆もそれに合わせて歌声
を張り上げる。この調子で四時間、一人で歌って踊りつづけるのだから生半可なタフ
さ加減ではない。

 テンションをトップギアにぶち込んだまま、クロコディーロがのそり、のそりと動
き出した。ウォーッと吠える群衆。近隣のビルの窓から、住民達が鈴なりに身を乗り
出して手を振ってダニエラの視線を求めている。それに投げキッスで応じる女王。上
がる歓声。ロープの外、クロコディーロの斜め前の、ほんの少しだけ人口密集度が弛
んだあたりで僕はその波動に感応していた。とても良い感じで、そのままバーハのメ
インロード中央部にある巨大なカマロッチまで辿り着いた。ほかのトリオと同様、ク
ロコディーロはそこでしばらく移動をとめ、カマロッチの観客と何台ものテレビカメ
ラを堪能させた。

 だが、僕はここでとても嫌な光景を目にしてしまった。
 カマロッチの入場料は、半端じゃなく高い。地元住民の買える額ではない。明らか
に、一部の金持ちや外国人観光客のために存在している。その結果、カマロッチでは
いやらしいほどに白人ばかりが目立ち、彼らが高みから地元の人々見下ろすという告}になっている。

 僕がダニエラの歌声に聞き惚れていた時、すぐそばで人々がざわめきはじめた。カ
マロッチの三階から太った白人女性が路上の地元民たちに缶ビールを投げ与えている
のだ。みすぼらしいなりのバイアーノたちがそこへ殺到する。だが、そのあたりには
小さい子供や赤ちゃんを抱いた女性もいるのだ。子供が蹴飛ばされ、母親が悲鳴をあ
げる。カマロッチの上から缶ビールを投げ落としている女はそれを見てげらげら笑い、
さらにビールをちらつかせて、下の男たちをからかう。そのそばで、別の白人女性が
ビデオカメラを構え、男たちの浅ましい姿を撮影している。缶ビールがさらに投げ落
とされ、男たちはそれを拾うために争っている。

 僕は大声で「やめろ!子供がいるんだぞ。」と叫び、両手を上げて制した。女たち
はチラッと僕を見たが、まるで意に介さず、まるで動物園の猿の檻に餌を投げ与える
みたいな態度でこちらを見下ろしている。なんて奴だ。きっとあいつは他所者に違い
ない。あんなのがバイアーナだなんて、信じたくない。

 情けないのは、たかが缶ビールでシッポを振ってしまう男たちのブライドのなさだ。
普段のバイアーノたちのお気楽な傾向は、むしろ好ましく思っている僕だが、こんな
光景を見たのでは幻滅させられる。おい、お前たち。すぐそばでダニエラがバイーア
の誇りを歌っているんだぞ。それを無視して、なんてザマだ。さいわい下にいた子供
や女性は無事避難したみたいだったが、僕はこの一件でひどく気分を害された。

 ダニエラのところからこの騒ぎが見えなかったのは幸いだ。こんな場所はさっさと
退散して、別のところで彼女の歌を聞いて気を取り直すことにしよう。

 Quem e gue sobe a ladeira do Curuzu? クルズの丘を登るのは、誰?
 E a coisa mais Linda de se ver?    最も美しいものは、何?
 E o Ile Aiye              それは、イレ・アイエ
 O mais belo dos belos         美しきものの中で最も美しい
 Sou eu sou eu             わたしのことだ
 Bata no peito mais forte        更に強く胸を撃つ響き
 E diga: Eu sou Ile....           我こそ イレ・アイエ
       (ダニエラの2nd album「o canto da cidade」から)

 黒人として誇りを掲げて人々から---女王ダニエラからも---敬愛されるイレ・アイエ。
彼らの矜持が、全ての貧しきバイアーノたちが共有されるようになってほしい。この街
を心から愛し、この街への祝福を捧げ続けているダニエラの歌声を聞きながら、僕はつく
づくそう思った。




2000年3月5日(dom.) tarde e noite

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