AXE ZANMAI

2000-03-02

いよいよカーニバル

 Oさんが、彼のナモラーダ・サンドラさんが参加する「コルテージョ・アフロ」に
一般メンバーとして参加しないかと水を向けてくれた。そこなら今から参加すること
も可能だし、アバダーも70ヘアウというリーズナブルな値段なのだそうだ。
 願ってもない話だ。謎の男・エジウソンの「オロドゥンのリードダンサーになって
みないか」という畏れ多い誘いは鄭重に断わったものの、せっかくバイーアまで来た
のに「ロープの中で心おきなく踊る」という体験をしないで帰ったのでは画竜点睛を
欠く。「コルテージョ・アフロ」とは初めて名を聞くブロッコだが、サンドラさんが
一緒なら心強い。

 プログラムによると、初日の夜、オープニング・セレモニーに続いて21のブロッコ
が行進することになっていたが、そのちょうど中ほどに「コルテージョ・アフロ」の
出番がある。予定通り進めば、今晩10時頃にカンポ・グランジを出発するらしい。
 Oさんにとっては、カメラマンとして多忙な日々の始まりであり、サンドラさんの
カルナヴァル参加に付き合う時間的余裕がないので、僕がサンドラさんのそばにいれば
彼女のボディ・ガードとして役立つ……と思ってくれたか、どうか。
 もしかしたら、頼りない僕を見かねて、逆にサンドラさんをボディ・ガードにつけて
くれたのかもしれない。

「でも、二人ともプレス・カードを持っているし、彼女を助手としてあてにしている
 のでは?」
とOさんに尋ねると、苦笑いしながら、
「本当はそうしてくれって頼んだんだけれど、そうしたら彼女、俺のことエゴイスト
 だって」
「でも、プレス・カードがあれば、自由にカマロッチに上がったり有名人のすぐそば
 へ行ったりできるんでしょ?またとないチャンスじゃないですか」
「うん。そうなんだけど、彼女、そんなミーハーな趣味はなくて、それよりどうして
 も踊りたいんだって」
なるほど。さすがはバイアーナだ。

 コルテージョ・アフロの衣装は、ペロリーニョの事務所で引き渡すことになってい
た。カルナヴァル初日ということで、街は騒然としている。事務所の前も人だかりが
すごく、なかなか中に入れない。ようやく申し込みを済ませて代金を支払い、アバダー
の引き換え券を手に入れた頃には夕刻が迫っていた。Oさんは、メイン会場であるカ
ンポ・グランジへオープニング・セレモニーの写真を撮りに行き、僕はサンドラさん
と二人でアバダーの到着を待った。そして、ここはバイーアだ。かなり待たされた後
で、アバダーが届くのは早くても午後七時だと言われた。

「それじゃ、いったん帰って着替えて、それからカンポに行ったんじゃ遅刻するかも
 ね。バスはメチャメチャ渋滞してるし。」
「Don't worry!! 時間は十分あるわよ。ここはバイーアなんだから。」

 サンドラさんは僕より英語が上手い。そして、頭の回転が速くて、人をそらさない
話術を持っている。バイアーナには珍しく細かい気配りもできる女性なのだが、決して
それを恩着せがましくひけらかさない。あくまでも自然体なのだ。彼女と一緒にいた
おかげで、待つのもちっとも苦にならなかった。

 待ち時間を利用して、スーパーにワインを買いに出かけた。Oさんの友人が、今晩
から泊まりに来るので、歓迎のワインを買うのだとか。日本から、わざわざカルナヴァ
ルだけのために、 三泊五日の日程でやってくるらしい。
「それと、蜂蜜。朝まで踊ってクタクタになっちゃうからね。」
しかし、蜂蜜は高すぎて買えなかった。誰もが速攻性の滋養剤として買いに来るため
に、普段の倍ぐらいに値上げされていたのだ。

 結局、アバダーを手に入れてバーハに戻ったのは、夜の10時を回った頃だった。帰
りのバスは満員で、しかも渋滞のために歩くのよりも遅いくらいだった。もうこれで
オヤスミ、と言ってもいいくらい疲労していたが、ひと休みしたら衣装に着替えて出
かけなければならない。サンドラさんの話では、12時に待ち合わせて、それからバス
に乗ってカンポ・グランジへ向かえばじゅうぶん間に合うだろうとのこと。予定より
三時間は遅れると踏んでいるようだ。

 コルテージョの衣装は白いノースリーブに、白いスカート(!)。そして、赤い羽根の
ついた白い帽子。かなり、強烈だ。白地に浮かぶ幾何学模様が粋だし、胸のところに
貼り付けた神話的なデザインもかっこいい。屈強なバイアーノの褐色の肌には映える
だろう。でも、白くて貧弱な僕には絶対に似合わない。おまけに、フリーサイズな
のでブカブカだ。でも、ここまで来て躊躇してなんかいられない。斬新な衣装を身に
まとって、出発だ。夜勤のフロント係が僕を見てプッと吹き出したあと、親指を突き
出して「いけてるぜ」とにっこり笑った。「カルナヴァルだもんな」。

 サンドラさんは、衣装を刻んでヘソ出しタンクトップ仕様に作りなおしていた。セ
クシーで、かっこいい。女性はみんな、与えられた衣装をそのまま着るのではなくて、
自分に似合うように誂えなおして着るのだ。僕がひと休みしていた間、彼女は裁縫に
追われていたことになる。

「それなら、もっと早く衣装を配ればいいのに。もしかしたら、偽物が出回るのを恐
 れているのかな。」
「まさか。ただ単に遅いだけよ。でも、間に合ったんだからいいじゃない。」
うーむ、それにしても、本当にギリギリで間に合ったとしか言いようがない。衣装が
届くのが遅かったせいで、彼女はひと休みする暇もなく踊りに出かけなければならな
くなったわけだが、そんなことは全く意に介していない。この感覚、僕も見倣わなく
ては。

 通りのあちこちに屋台が出ている。真夜中なのに、すごい人出だ。僕たちが通った
のはバーハのメイン会場である大通りから三本ほど奥まった路地裏だが、薄暗がりの
中、道の両端にたくさんの人が寝ている。ボンベイのスラムを思い出させる光景だった。
こっちの会場は明日から本番なのだが、彼らは既に場所取りにやってきているようだ。
そして、カルナヴァルが終わるまで、ここで寝泊まりするのだろう。その間を縫って
セクシーな美女をエスコートするのはかなり緊張した。

 真夜中だが道がひどく込んでいて、カンポ・グランジの会場に到着したのは午前一時
ごろ。とっくに終わっているかもしれないと思ったが「コルテージョ・アフロ」の出番
はまだまだ先のようだった。公園のはずれで同じアバダーを着た一団を見つけて、そこ
で出番を待つ。サンドラさんは知人を見つけて楽しそうに話しているが、ポルトガル語
のわからない僕は手持ち無沙汰だ。僕のそばの冴えない風貌の白人の中年男も、僕と
同じようにぼんやり突っ立っていた。この男、どこかで見た顔だな....としばらく考えて、
あっと驚いた。アート・リンゼイじゃないか。

 英語で何か話しかけようかと思ったが、まとっている雰囲気が妙に暗いのでやめ、
サンドラさんに誘われるままに、彼女の友人の住む学生寮でひと休みした。どうやら
出番はまだまだ先のようだ。

 寮でかなり時間をつぶして、再び会場に戻ったのは午前三時頃。さすがに道ゆく人も
まばらだ。だが、我らがコルテージョは、まだ出番を待っている。いったいどーなって
いるんだ??

 結局、午前三時半ごろになってようやくトリオが動き始めた。高らかに、ホーンが
鳴り響く。ロープを引っ張る警備係の数がやけに少ないのは、しびれを切らして帰っ
ちゃったせいだろう。いくらラティーノだって、予定より六時間以上も遅れたんじゃ、
しかたがない。待ちくたびれたのか、パーカッション舞台の演奏もノリが悪い。

 僕とサンドラさんはパーカッション隊のすぐ後ろに陣取って、行進に加わった。沿
道には、さすがにほとんど観客がいない。これなら、ロープなんていらないんじゃな
いかと思えるほどだ。でも、コルテージョの衣装に身を包んだ僕の姿を見かけた人は、
例外なく笑顔で手を振ってくれた。こんな夜中に、こんなディープなブロッコに参加
する東洋人がいることを、喜びの眼差しで受け入れてくれるのだ。そう思うと、こち
らも張り切って踊りたくなる。

 しかし、ロープ係の人出が足りないせいで、スペースが極端に狭くて踊れない。何
度も足を踏まれ、体をぶつけられた。少ない人数でロープをコントロールしようとし
ている係員たちは、たびたび引きずられ、転びそうになっている。そっちが気になって
音楽に入り込めない。演奏する人たちも、なにかうわずった感じだ。こんな調子で、
あと四時間も行進するのか。。。。

 正直言って、うんざりしてきた。サンドラさんも同感だったらしく、「今日はもう
ダメよ。帰りましょう」と僕をロープの外まで連れ出してくれた。「こんなふうに
なって、とても残念だわ。でも、まだカルナヴァルは始まったばかり。がっかりしな
いでね。日曜日の、バーハのパレードに期待しましょう。」と、にっこり笑ってやさし
く気づかってくれる。行進そのものは期待外れだったが、サンドラさんがいっしょに
いてくれたおかげでそれなりに楽しく過ごすことができた。
 
 明日は、いよいよチンバラーダに再会できる。


2000年3月2日

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