AXE ZANMAI

2000-02-28

カエターノのライブ

 ホテル・ベラ・バーハの朝食は、イマイチだった。

 ホテル・ペロリーニョの見晴しの良い食堂と豪華な朝食とは比べ物にならない。そ
んなわけで、ペロリーニョが恋しくなって、朝食後すぐに足を運ぶ。が、これは失敗
だった。ゆうべのオロドゥンで盛り上がったはずのペロは、まだ眠りから醒めておら
ず、そこはかとなく寂しい空気が漂っていた。

 メルカ・ド・モデーロも同様だった。月曜の朝に出向くべきところではない。そん
なことさえ予想できずに朝から歩き回った自分が情けない。まだまだこの街に馴染ん
でいない。

 ただ、去年仲良くなった売り子のジョイは僕とミヤケ君のことを覚えてくれていて、
一緒にとった写真をあげるとすごく喜んでくれた。
「滞在中に、ぜったいもう1回来いよな。写真のお礼に、お土産を準備しとくよ」
相変わらず、ナイス・ガイだ。

 昼頃、ホテル予約の件でお世話になったことのお礼かたがた、日本から持ってくる
よう頼まれていた荷物を渡すためにOさんのアパートを訪ねる。去年の「ママ・アフ
リカ」のビデオを見せてもらいながら昼食をごちそうになり、音楽談義に耽る。Oさ
んの話では、今年はモライス・モレイラのトリオが狙い目なのだそうだ。さらに、耳
寄りな情報をゲットした。今晩8時からペロのプラッサ・ド・ヘギでカエターノのラ
イブがあるというのだ。Oさんは現地の人よりもこういう事情に詳しい。

 午後の時間は、両替えや買い物をしているうちに過ぎてしまった。洗濯用の洗面器
とバスタオル、それにサンダルを買うだけなのに、えらく手間取ってしまったのだ。
まだまだ、現地の空気に馴染んでいない。

 街に馴染むためには、何よりも現地の人と言葉を交わしてみることだ。そこで、比
較的若い店員が多くいる店を探して、ジュースを注文して座り込んでみる。店の名前
は「fabrica de suco(ジュースの工場)」。その場で果物をジュースにしてくれる。
この街は果物の宝庫なのだ。

 案の定、興味深々の店員たちが、仕事そっちのけであれこれ聞いてくる。僕にとっ
ては、一年間通ったポルトガル語教室の成果を試すチャンスだ。
「どこからきた」「名前は何だ」「バイーアは好きか」・・・
好奇心の赴くままに、何でも聞いてくる。こっちが理解しているかどうかに関係なく、
仲間うちで僕のことをネタにして楽しんでいる。

 チンバラーダが好きで、この街へ来たこと。ブラジルを訪れるのは三回目だが、カ
ルナヴァルは初めてだということ。バイーア以外の街には行ったこともないというこ
と。ブラウンをこの目で見るのが楽しみだということ。・・・
 拙いながらも気持ちは通じたらしく、「ヨシ、お前は俺達のアミーゴだ。明日も来
いよ」と言われる。なかなかの収穫だ。

 会話が弾めば行動力も増してくる。軽やかな足取りで、再びペロを訪れる。夕暮れ
に包まれた石畳のストリートは、どこか祝祭的な喜びに満ちている。

 人々のざわめき。あちこちから聞こえてくるパーカッシブな音楽。美しき褐色の肌
の女性たち。笑顔。おお、これでこそ、ペロだ。

 一昨年と去年は、ずっとペロリーニョに泊まっていた。一日に一回以上スコ・ジ・
ラランジャを飲みに通っていた店に行って、いつもジュースを作ってくれていた兄ちゃ
んに去年撮った写真をあげる。彼も、僕たちのことを覚えてくれていた。ジュースも、
相変わらず絶品だった。

 カエターノのライブの切符を確保する。たったの5ヘアウとは、信じられないほど
安い。日本でライブをやったら、20倍ぐらいするだろうに....ライブの開始まで一時
間ぐらいあるので、DIDAの事務所兼音楽スクールのところに寄ってみる。

 ネギーニョはおらず、バンドの姉さんたちもいないようだった。しばらく様子を見
ていると、日本人らしき男がやってきて、近くに腰を下ろした。報道関係者のようだ。
「取材の方ですか?」と声をかける。
「もう、まったく、こっちの人は時間を守ってくれないんで困っちゃいますよ」
と愚痴を言いながらも微笑んでいる。少しして、テレビカメラと音声機材を抱えた男
がそれぞれ一人ずつやってきて、同じように路地にしゃがみ込む。
「こちら、日本から来られたそうですよ。」
などと紹介され、おごってもらったカフェジーニョを啜りながらあれこれ話す。

 彼らは、ネギーニョと彼の子供バンド「SODOMO」を取材しているそうだ。もう、
かれこれ一月近く追跡しているという。今宵はここでネギーニョを待っているのだが、
いつ来ることやら....と手持ち無沙汰な様子だった。

 僕もカエターノのライブまで、時間つぶしなんですよ、ということで、バイーアの
魅力について語り合う。
「嬉しいなあ、僕たちの伝えたいことを全部分ってくださるなんて」
と、天下のNHK職員に似合わず庶民的で好感の持てるクルーだった。

 彼らがレポートの主人公に選んだマルシオという名の少年を紹介してもらった。す
ごくシャイな男の子だ。旅先で子供にあった時はいつも風船を使って犬やらウサギや
らを作ってあげるのだが、今日はライブの時に踊るのに邪魔になると思って持ってき
ておらず、代わりにお手玉でジャグリングを披露してみせた。それまでその辺で追い
かけっこをしていた子供たちがワッと僕を取り囲み、貸してあげたお手玉で真似をし
ようとする。

「子供が子供らしいのって、見ていてなごみますよね。彼らがたくさんの問題を抱え
ているのは知っているつもりだけれど、彼らは、自分の感情の在り処を知っているぶ
ん、日本のある種の子供たちよりも救いがあるような気がする」
三十代半ばの取材班の人たちは、僕のつぶやきに同意してくれた。と、そこへ、一人
の少年が煙草をねだりにやってきた。
「だめだめ、煙草はダメだよ」
と言いながら、一筋縄じゃ行かないよね、と苦笑いする我々であった。
「そろそろカエターノのライブが始まるんで.....。取材、大変でしょうけど、頑張っ
てください。放送を楽しみにしています」
「また、どっかで会いましょう」
短い時間だったけれど、とても良い出会いだった。
ペロの薄暗い路地裏で、僕は旅の感覚を取り戻しつつあった。

・・・・・

 プラッサ・ド・ヘギはペロリーニョ広場を下ったところにある。

 一昨年の暮れにオープンしたばかりのこぢんまりとしたバーで、奥の方に小さなス
テージがある。こんなところに、国民的ヒーローであるはずのカエターノが現れるの
か? ちょっと信じがたい。ステージはずいぶん高く、どんなに混雑しても目が届く
ように設計されてある。

 手前のアリーナはビニールの紐で囲まれている。

 ビニールの紐のところに、日本人らしき一団が陣取っていた。

 以前は、日本人を見ると敢えて避けたりしていたものだが、最近は気にならなくなっ
た。日本人だろうか地元の人だろうが、関係ないと思えてきたのだ。どうせ、開演ま
で長いんだから、雑談でもして時間をつぶそうと思い、そばに座らせてもらった。

 隣にいた日本人観光客らしき女の子に話しかけてみると、なんと、僕が卒業した大
学の学生だった。今までいろんなところを旅してきたそうだが、ブラジルは初めてら
しい。

 彼女はルナと名乗った。Lunaはローマ神話の月の女神を意味するのだか、形容詞
化されて"lunatic"となると、「狂気の」という意味になる。冗談混じりに「それって
lunaticのルナ?」と意地悪を言ってみると、にっこり笑って「そう。だからルナなのよ」
と答える。一人で南米を旅するような女の子は、やはり個性的だ。
(この時は、後にこうやって彼女のHPに寄稿することになるなんて思いもしなかった)

 彼女は、カエターノの名前さえ知らなかった。

 どんどん人が増えてくるが、なかなか始まらない。まあ、ここはバイーアだから、
当然だ。やがて、ファンファーレが鳴り響き、どこかのブロッコが太鼓とホーンをか
ざして入ってきた。アリーナの、テープの向こう側に陣取ってひとしきり演奏する。
見たことのないグループだし、正直言って、決して上手くない。彼らが引き上げた後で
ダンサーたちがアリーナに整列した。

 突然、満員の開場がワッと沸き立った。

 何だろうと思って見回すと、カエターノがアリーナに下りてきた。とたんにテレビ
カメラやマイクに囲まれ、カメラのフラッシュを浴びている。小柄な身体から、神々
しいまでのオーラが滲み出ている。 オーディエンスから敬愛のこもったため息がもれる。

 以前ジーコに会った時にも似たようなオーラを感じたが、神経質そうに見えたジー
コと違って、カエターノは飄々としていて、心からリラックスしているように見えた。
天界から降りてきたばかりの天使は、たぶんこんなふうに微笑むんだろうな、と思っ
た。天使は、若いダンサーたちの踊りを見るために、僕と同じ最前列(というか、我
々は椅子にありつけなくて地べたに勝手に座っていた)の、3メートルぐらい右側に座っ
た。

 パーカッション部隊の音楽に合わせて、褐色の肌の若者たちがアフロ風の踊りを披
露する。慣れている目で見ると、バイーアでは普通の水準のように思える。でも、バ
イーア初体験のルナは目を輝かせて見入っている。僕の中から新鮮さが失せたのかな、
とちょっぴり悲しくなった。

 ダンスがおわって彼らが退場し、ビニールテープが解かれると、アリーナに人が
殺到した。何しろ特等席だ。というか、ここは席がないぶん、存分に踊れるのだ。
前座のバンドが聴衆を煽り、人びとが揺れ動く。汗が飛び散る。まさに、バイーア状態だ。
僕も、「押しくら饅頭」
状態の中でおずおずとステップを踏んで、身体をバイーアモードに切り替えようと試みる。
少しずつ、身体と心が熱くなってくる。

 しかし、バイーアの空は無情だった。しょぼしょぼと降り始めた雨がしだいに強く
なり、カメラを持っていた連中が廂の下に退避する。アリーナのあたりは天井がない
ので、急激に人口密度が減った。何人かいた日本人観光客は、みんな退避したようだ。
僕より早く激しくノッていたルナも、後ろに引っ込んだ。人の波が引いて、ぽっかり
とスペースが生まれた。このとき、頭の中がスパークした。

 ここで踊らなきゃ、バイーアに来た意味がない。スペースもできた。バンドは演奏
をやめない。雨が、ちょうど身体を冷やしてくれる。僕たちが踊れば、バンドの音は
生き返る。アリーナを生き返らせるんだ。

 土砂降りの中、思う存分にステップを踏んで身体を揺らす。気持ちいい。やっと、
バイーアの鼓動を掴んだぞ。体じゅうから勇気と喜びのエネルギーが沸き上がってく
る。アシェーだ。これこそ、アシェーだ。

 ルナが雨の中に飛び込んできて、僕のそばで同じようにハジけている。いったん引っ
込んだ連中も、雨のアリーナに戻ってきた。いいぞ、いいぞ。これこそバイーアだ。
雨の中を狂ったように踊りまくる聴衆に煽られて、ドラムの音が激しさを増す。濡れ
たTシャツから湯気が立ち上る。もう、雨なんて恐くない。

 笑顔が揺れる。皆、とびっきりの笑顔だ。

 目が合うと、みんなニッコリ微笑んでくれる。きっと僕も、あんなふうにいい笑顔
をしているのだろう。だから、僕と目が合うと、みんなが笑顔を向けてくれるんだ、
きっと。

 言葉なんかいらない。みんな、友だちだ。肌の色も国籍も飛び越えた、確かな連帯感。
 ブラジルにカルナヴァルが存在する理由の一つが、この感覚を共有して無意味な対立
や殺戮を避けたいという願望にあるのではないか.......などとは踊っている最中には考え
なかった。

 時間が消えた。

 雨がやんだのと、カエターノが再び姿を現したのと、どちらが先だったか覚えてい
ない。その前に、アート・リンゼイがノイジーな音色のギターを弾いていたような気
がする。

 とにかく、天使が再び舞い降りてきて、そっと囁きかけるように、歌い始めた。

 人びとを至福に導く声だった。

 次の日、偶然会った日本人の二人連れに声をかけられた。
「昨日、カエターノのライブで踊ってたでしょ。ニュースで見たよ」

2000年2月28日



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